『DAZN』は何を変える?サッカー界における4つの「未来予測」を考える

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Jリーグに対して総額2100億円を投じ、日本国内における10年間の放映権を獲得した『DAZN』。

“黒船”と呼ばれたライブストリーミングサービスは、ついに今週末からJリーグ配信をスタートさせる。日本サッカー中継は今まさに新たな時代に突入しようとしているのだ。

日本では『スカパー!オンデマンド』や『スポナビライブ』といったスポーツ配信サービスが先にリリースされており、サッカーのインターネット配信は特に目新しいわけではない。

しかし、130以上のコンテンツを扱う『DAZN』の網羅性は他の追随を許さず、何より日本サッカー最高峰の舞台であるJリーグの放映権を獲得したインパクトはやはり大きい。

『DAZN』の参入によって、日本サッカー界は大きく変わることが予想される。

巨額の放映権料を手にしたことでJリーグの賞金は増額になることが決定しており、配分金に関しても大きく拡充され、J1優勝チームには最大で20億円以上を手にするチャンスがある。この改革によってリーグ全体の競争力はさらに上がり、クラブにとっても強化が進むのはまず間違いない。

では、そうしたお金の面以外で変わるものは一体何なのだろうか。

今回は『DAZN』によってもたらされる4つの変化を、あくまで「未来予測」として考えていきたい。

1. 実況、解説の多様化

確実な変化として挙げられるのは、実況と解説の多様化だろう。

私自身、『DAZN』の参入によって最も恩恵を受けるのはコメンタリーだと考えている。

『DAZN』で放送されるサッカーコンテンツは、とにかく多岐に渡る。

ブンデスリーガやセリエA、リーグアンといった欧州5大リーグだけでなく、日本にいながらフットボール・リーグ・チャンピオンシップ(イングランド2部)やクプ・ドゥ・フランス(フランスサッカー連盟主催のカップ戦)といったコンペティションも視聴が可能となった。全試合を配信するというリーグもあるのだから驚きだ。

そのため中継される試合数も自然と増え、『DAZN』では新しい実況や解説をどんどん起用している。

実況では昨年4月にフリーに転向したばかりの川井淳史氏が起用され、『スカパー!』で横浜FC戦を担当していた喜谷知純氏がDFBポカールを担当。かつて『スカパー!』でUEFAチャンピオンズリーグなどを実況していた大庭荘介氏が約10年ぶりに欧州サッカー中継に復帰していたのは驚いた。

また解説でも同様の流れが見られ、これまでは主にJ3を担当していた“ジロー”こと清水範久氏はコパ・デル・レイに。さらにはメディア関係からの抜擢も目立っており、これまで寄稿や編集を専門としていたライターやジャーナリストが新たな風を吹き込んでいる。

Jリーグ、さらには春秋制を敷く他リーグの開幕によってこの傾向はさらに強まることが予想される。『DAZN』の参入により、これまでやや閉鎖的であったサッカー実況と解説の門戸は開放されたのだ。

ちなみに、『DAZN』では実況1人が試合を担当するケースもある。これだけ試合数が多ければ当然だろう。

この“1人実況”は海外では比較的見られるスタイルだが、日本のサッカー中継ではほとんど例がない。

リーグアンで“1人実況”を行った西達彦氏は、その手法について「試行錯誤中」と綴っている。

2. 実況、解説の成熟と淘汰

『DAZN』の参入は、実況や解説の門戸を広げるだけではない。両者にとって鍛錬の場となるはずだ。

そもそもの話だが、今の日本では良いサッカー実況が育ちにくいという現状がある。

その理由は、地上波民放ではサッカーの試合を扱う機会が皆無に等しく、衛星放送でも起用されるメンバーは固定化されつつあるからだ。

その点、『DAZN』の実況は今後も需要が高くなるはずだ。

マイナーリーグの情報も自ら収集せねばならないし、中東やアフリカでは予測不能の事態だって起きる。スポーツ実況を志す者にとってはこれ以上ない修行の場になるはずで、業界全体の底上げにも繋がる。

実況の世界でもいわゆる局アナがフリーに転向しやすくなり、原大悟氏や西達彦氏のように局アナ経験を持たないサッカー実況が誕生することも十分にありうるだろう。

そうした成熟は、ある程度の淘汰をももたらすかもしれない。

これまでただなんとなく解説者を務めていた人が新進気鋭のジャーナリストに取って代わられたり、引退したばかりの元プロ選手が一躍“エース格”にのし上がるといったことがより起こりやすくなるわけだ。

3. 新規Jリーグファンの創出

『DAZN』によって恩恵を受けるのはもちろんメディアだけではない。サービスを享受するユーザーにも、新しい価値をもたらすだろう。

『DAZN』は様々なスポーツコンテンツを扱うライブストリーミングサービスである。取り扱うスポーツコンテンツの数は130で、配信される試合数は年間6000以上にも及ぶ。サッカーはあくまでコンテンツの一つだ。

そのため、これまではサッカーと距離のあった他スポーツのファンを誘引できるチャンスである。

これまでサッカー中継を牽引してきた『スカパー!』では、基本的にユーザーは「見たいものだけを選んで見る」のが当たり前だった。

それぞれの用途に応じたセットが販売されており、サッカーでは「欧州サッカーセット」、「Jリーグセット」といったようにより細分化されたパッケージが用意された。

これにより、サッカーコンテンツはサッカーファンの間でしか共有されず、ファン間での“越境”や“横断”がなかなか見られないという状況にあった。

しかし、『DAZN』は違う。

あらゆるスポーツコンテンツが視聴可能であり、バレーボールのファンがF1を見ることも、プロ野球(NPB)のファンがメジャーリーグ(MLB)を見ることだってできる。

これまでサッカーに興味がありながら、なかなかJリーグと接する機会のなかった人もタップひとつですぐに観戦できてしまうのだ。

私自身、Jリーグの魅力は予測不能なドラマ性や選手とサポーターの絆、サポーター同士の交流、快適なスタジアム環境だと思っている。

そうした部分は十分世界に誇れるものであるが、実際にスタジアムに足を運んだり、シーズンを通して見続けたりしなければなかなか気付いてもらえない良さであるというのが個人的な見解である。

そのため、他競技や海外サッカーのファンを誘引する意味でも、Jリーグがサービスの一つに入っていることは非常に意味のあることだ。

10年間という長い目で見れば、他スポーツからサッカーへ、あるいは海外サッカーからJリーグへといったように移っていくファンも少なくないはずだ。

また、低価格帯(月額税込み1890円)であることは中高生がサッカー漬けの日々を送るための敷居を大きく下げた。

それは即ち、Jリーグの見込顧客や潜在顧客をロイヤルカスタマー化(ファン化)しやすくなったことでもある。それはもちろん、サッカー文化の成熟にも繋がる。

誤解を恐れずに言えば、『DAZN』によるJリーグ中継の参入に文句を言っているのはおそらくコアなファン層だけである。

私だって今回の契約に思うことはある。

やっぱりサッカーはテレビで見たい。詳しくは後述するが、インターネット配信特有の遅延やサーバーの耐性を気にしながらの視聴はサッカー観戦の意義を大きく変えてしまうとさえ思っている。それも、有料サービスでありながらそうしたリスクを阻んでいるのだ。

しかし、この国のサッカーファンを一人でも増やしたいと考えた時に、『DAZN』は大きな可能性を秘めていると言う他ない。不安や懸念はあるものの、それでも私は『DAZN』がもたらすかもしれない明るい未来を信じ、その実現に賭けてもいいのではないだろうか。

Jリーグ放送を牽引してきた『スカパー!』は確かに素晴らしかったが、『DAZN』にだってインターネット配信者ならではの長所がきっとあるはずだ。

4. 観戦スタイルの変化

他に『DAZN』が大きく変えるものとして、観戦スタイルがあるだろう。

より正確に言えば、サッカー中継のメインストリームが「テレビ」から「インターネット」に移行することで起きる変化である。

一つ目は、視聴するデバイスだ。

『DAZN』はオンデマンドサービスであり、PCやタブレット、スマートフォンでの視聴を前提としている。そのため、大画面のテレビで見たい人は新たな出力方法を検討しなければならない

現在、様々なまとめサイトや個人ブログで出力方法の比較が特集されている。

「Google ChromeよりInternet Explorer(Microsoft Edge)の方が綺麗」や「ミラーリングで十分」といった声が挙がっているが、それでも結局は使用しているデバイスのスペックやインターネット環境、機器の相性によって映像の見やすさは変わってくる。

対応機種が増えてきているとはいえ、「サッカーはテレビで見たい」という人にとってはしばらく試行錯誤が続くことになる。

二つ目は、「Twitter観戦」の減少である。

インターネット中継がはらむ根本的な問題として、遅延(レイテンシー)がある。

どれほどハイスペックかつ高スピードの環境で『DAZN』を利用しても、実際の試合より20-30秒近いディレイが確認されている。

これは『DAZN』特有の問題ではない。

先駆者的存在であった『スカパー!オンデマンド』でも『J SPORTS オンデマンド』でも、『スポナビライブ』でも『NHKのスポーツアプリ』でも『gorin.jp』でも見られた現象で、インターネット配信者は未だこのタイムラグを克服できていないのだ。

その理由はいくつか考えられるが、『DAZN』のジェームズ・ラシュトンCEOはその理由について、『BuzzFeed Japan』の取材に対し「配信スピードと映像の質のバランス」を挙げている。

Jリーグとの契約10年本当に続ける?サーバーは大丈夫? DAZNのCEOに聞く
(BuzzFeed Japan 2017/2/17) 
https://www.buzzfeed.com/tatsunoritokushige/jleague2017

しかし、ソーシャルメディアが市民権を得た今日において20-30秒の遅延は致命的である。

今や、Twitterなどを通じて趣味縁で繋がった仲間と感情を共有する観戦はスタンダードになりつつある。

公式アカウントやニュースアカウントによる速報がリアルタイムに流れ、印象的なシーンをめぐってタイムラインが大喜利と化すこともしばしばだ。さらに、一つのプレーやジャッジをめぐって瞬時に多角的な意見が飛ぶその空間は、まさに個人が“ジャーナリスト化”したソーシャル時代の賜物である。

しかし、インターネット配信による遅延はそうした楽しみを奪い去る可能性があるのだ。

“ネタバレ”を恐れるユーザーはスマートフォンから距離を置き、情報をシャットアウトするだろう。現地にいる記者は、『DAZN』ユーザーの“ネタバレ”を配慮しリアルタイムでの実況を渋る可能性もある。

地上波民放や『NHK総合』、『NHK BS1』でテレビ中継がある場合はなおさらだ(この点、通信衛星を使って信号を送波していた『スカパー!』は同報性や大容量の伝送に利点があった)。

サーバーの負荷や配信の安定性などは、時間の経過によってある程度は改善されると踏んでいる。しかし、インターネット配信者がサッカー中継に参入してからというもの、この遅延の問題は未だ解決の糸口が見えていないのが現状であるのだ。

三つ目は、観戦する場所だ。

24日現在、『DAZN』では法人サービスを用意していない。そのため、全国で100店舗以上を展開する英国パブ「HUB」では、現時点でJリーグの店内上映に関して「未定」と発表している。

これにより、ビールを片手にスポーツバーなどで仲間と楽しくJリーグを見るという経験はしばらく味わえなくなるかもしれない(TVで放送がある場合は別だが)。

こちらも時間の経過によりサービスインされるはずだが、その店舗が高速のインターネット回線を敷いているとは限らない。このように、『DAZN』の参入によってこれまでは「当たり前」だった観戦スタイルのいくつかを見直す必要が出てくるのは間違いないだろう。