txt:ふるいちやすし 撮影:田部文厚 構成:編集部

アジア国際映画祭に招聘される

今後アジア各地で催される、アジア国際映画祭の第一回が2017年2月1日〜3日、東京で催され、私達の「千年の糸姫」が正式招待作品に選ばれ、上映された。これが正式な日本初公開となり、まずはやっと皆さんに観ていただけたことが素直に嬉しい。映画祭は第一回ということもあって、運営面、準備面では最後までバタバタしていたようだが、それでも初日のレッドカーペットセレモニーとパーティーは立派なものだった。

会場は東京・永田町、国会議事堂の真ん前にある憲政記念館。映画館でもホテルでもないこの会場に、え?と思った人もいたようだが、建物の重厚さも映画祭の雰囲気を盛り上げた。主催者がレッドカーペットを敷こうとした場所には、前例がない、という理由でしばらく許可が下りなかったり、我々の控え場所となったロビーは、隣で国会議員の会議が行われているので静かにするように言われたり、非常にお堅い感じだったが、実際、ここを借りるためには、国会議員の口利きが必要だということだ。そういう意味ではアジアの平和を理念に掲げたこういう映画祭だからこそ実現したのかもしれない。

主催者は韓国人で、第一回の場所に東京の、しかも政治の中心地みたいな所を会場に選んだのは大変意義があると思う。政治の上ではとかくギクシャクしている日中韓、こういう時にこそ文化面で繋がっておかなくてはいけないからだ。一言でアジアと言っても言語、信仰、イデオロギーの多様性からも一つになるなんて考えられないし、一つの答えを求められる政治の世界では衝突するのも無理はない。

そういう意味ではいろいろな言語、美意識、哲学等を各国から集めてただ見せ合うという映画祭の雰囲気が、ちょうど良かったりする。文化というものはそういうものだと思う。政治や教科書のように一つの答えに力はないが、ひとつのものの見方を投げかけることはできる。「千年の糸姫」という映画にはアジアの平和へのキーが隠されている。これを押し付けがましくなく、中国や韓国の人に見て欲しいのだ。

開幕式と、その後行われたレセプションパーティーでは、なぜか国会議員の来賓が目立った。ひょっとして国会議事堂の近くだったから?政治的な発言こそなかったが、ある意味、モナコでのセレブの態度に似ていた。私達出展者のところに来ては作品に対する質問をされたり、マスコミに写真を撮らせるという、文化交流アピールを熱心にやられていたようだ。

そんなこともあってか、パーティーはどことなく外国の映画祭のような雰囲気で、出品者達も露骨に作品のアピールができる感じで、私もレッドカーペットの時からずっとパネルに入れたポスターを手放さずサンドイッチマンを演じ、そのポスターのデザインも、完璧にドレスアップしてくれた出演者たちの美しさも手伝って注目をしていただき、多くの方々に作品の話ができ、翌日の上映、さらには今後の活動への支援の話など、有意義な出会いに結びつけることができた。

アカデミー賞や三大映画祭のことは知らないが、私達レベルの人間が映画祭に行く意味はアピールの場という以外にはない。日本の映画祭にありがちな形式張ったパーティーとは違う、映画祭らしいパーティーだった。お陰で翌日の上映にも、何人もいらっしゃって下さって、作品を観た上で今後の支援を約束してくれたり、素晴らしい感想や意見もいただけた。

運営や我々に対する連絡があまりうまくいっていなかったのは確かだが、こういうゴージャスなシチュエーションを作ってくれたのは素晴らしいことで、感謝している。ただ、せっかくのそういう場所で何もできずに壁際にへばりついている映画出品者は、数年前の自分を見ているようで残念でならない。映画祭はただ上映をして賞を狙うだけの場所ではないのだ。作品の拡がりのために、なんならその次の作品や活動に繋がるために、いろんな人と会い、話をするチャンスなのだ。

そこでは、監督だとか俳優だとか作品と身分がはっきり知られている。実はそれがとても重要なことで、数ある映画祭でも自分がそういう立場でそこに居られることはそう多くはない。例えば俳優たちにとっても、他の作品の監督やプロデューサーに堂々と自分を売り込める。私の作品の俳優達にもどんどん別の作品の関係者と話すように進めていたのだが、なかなか慣れてなくて難しいようだった。大体の作品関係者は作品ごとに塊り、楽しくやっているようだが、そんなことなら居酒屋でもできる。この場をもっと有効に利用すべきだと思う。

次はロンドンへ…。人生を変えてしまうことが起こるかもしれない

実はこの原稿は次に選ばれたロンドン・フィルムメーカー国際映画祭に参加するために来ているロンドンで書いているのだが、合流する俳優達にも必ず英語で書いたプロフィールを持参するように言ってある。英語が話せないから持って行っても渡せないという人もいるが、それを渡して上映日を告げるだけでもいいから、チャレンジしろと言ってある。

映画祭の期間中、様々な映画があるから好きなのを見て、気に入ったらその監督はすぐ側にいるはずだから。相手も分かっている、自分の立場もはっきりしている。こんな場面はそうそうないもんだ。実際私も海外の俳優からのアプローチを受ける。日本語が話せない人からもだ。それが出演に繋がらないとも限らない。“Let’s work together someday.(いつか一緒に仕事しよう)”と言って連絡先を渡すだけで、人生を変えてしまうようなことが起こるかもしれないのだ。それほど映画祭の場というのは特別な場所なのだ。

賞がもらえなければ無駄になるようなことならわざわざロンドンまで来たりしない。特に今回のロンドン・フィルムメーカー国際映画祭は、映画関係者のマッチングや親睦を計るためのシチュエーションを多く用意してくれていると聞く。私も素晴らしい出会いを求めて目を光らせることにしようと思う。