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世界的にはすでに受動喫煙が肺がんのリスクを上げるのは確実であると証明されている。そのため、欧米諸国では、公共施設やレストランなどの屋内は法律により完全禁煙となっている(第5回を参照)。

しかし、日本人については、「受動喫煙が健康に悪影響を与える」という確たるエビデンスがなかった。それが、日本で受動喫煙の防止が遅れている原因の1つと言える。

はたして、日本人なら受動喫煙をしても健康に影響はないのだろうか。それとも、アメリカやアルゼンチンなどと同様、受動喫煙は健康に悪影響を与えると断言できるのだろうか。『「原因と結果」の経済学』の著者、中室牧子氏と津川友介氏によれば、最近になって日本人のデータを用いた有力な研究が発表されたという。詳細を聞いた。

「日本人でも受動喫煙は健康に悪い」
と言えるのか

 日本人のデータを用いた研究では、受動喫煙と肺がんの因果関係について、今まで結論が出ていなかった。日本人を対象とした研究はすでにいくつか報告されていたものの、研究の対象になった人の数が少なかったせいで、統計的に有意な結果が得られていなかったのである(「統計的に有意な結果」とは、その結果が偶然の範囲内では説明できない「何か意味がある結果」という意味である)。

 そこで、2016年8月に国立がん研究センターの研究者チームが、国内のデータを用いて行われた9つの研究をまとめた「メタアナリシス」を発表した。メタアナリシスとは、複数の研究結果を1つにまとめて、全体としてどのような関係があるのかを明らかにする研究手法のことである。

 これによると、日本人でも受動喫煙によって肺がんのリスクが1.3倍上昇するということが示唆された。この結果を受け、国立がん研究センターは、たばこを吸わない日本人が受動喫煙によって肺がんになるリスクが上昇するのは確実であると証明できたので、屋内での喫煙を全面的に禁止し、海外のように受動喫煙防止策を実施する必要があることを訴えた。

研究を発表したその日に
反論するJT社長

 ところが、この結論にかみついたのが日本のたばこ産業を代表するJTである。国立がん研究センターがメタアナリシスの結果を発表したその日に、社長名で反論コメントを発表した。

 9つの研究は「研究時期や条件も異なり、いずれの研究においても統計学的に有意ではない結果を統合したもの」であり、メタアナリシスの結果に基づいて「受動喫煙と肺がんの関係が確実になったと結論づけることは、困難である」と主張した。

 しかし、国立がん研究センターの研究者たちは、これを一刀両断し、「受動喫煙の害を軽く考える結論に至っている」とJTのコメントを批判した。そして、9つの研究は結論ありきでえり好みしたのではなく、日本人のデータを用いた論文のうち、因果関係を示唆するすべての論文を、科学的に確立された手続きに従ってまとめたものであるとのコメントを発表した。

「メタアナリシス」では、自分の都合のいい論文の結論だけを対象とすることはできず、関連する論文は全て抽出しなければならないという厳格なルールを守らなくてはならない。自分に都合の良い情報だけ集めてくることを英語では「チェリー・ピッキング(サクランボ狩り)」と呼び、研究では厳に慎むべきだとされている。

 受動喫煙はJTが述べるような「迷惑」や「気くばり」といった問題ではなく、「エビデンスに基づく健康被害の問題である」とエビデンスを示すことでJTの主張を退けたのである。その結果、受動喫煙が肺がんのリスクを上げるということが広く認知されることになった。

 海外の研究の結果、公共施設の全面禁煙は飲食店の売上に悪影響を与えないことは前回の記事で説明した。日本でも同様なのだろうか。残念ながら日本のデータを用いたエビデンスは存在しない。

 三菱UFJリサーチ&コンサルティングが2011年に発表した調査があり、神奈川県で導入された受動喫煙防止条例によって経済にマイナスの影響があったと説明されている。しかし、この調査は正当な因果推論の解析方法で評価したものではないため、条例と経済への影響が因果関係なのかを評価するとはできない。

 条例が導入されていなくても景気が悪くなって売上は落ちていたのかもしれない。さらにこの調査は論文になっているわけでなく、査読(他の専門家によって内容や解析方法が妥当かどうか評価すること)もされていないので、「エビデンス」と呼べる代物ではない。アメリカ、メキシコ、アルゼンチンなどほかの国で行われている研究(これらの研究の結果は質の高いエビデンスである)と比べてあまりに質が違いすぎるのだ。

 このようにエビデンスと呼べないような調査を持ってきて、日本では事情が違うと言うのもチェリー・ピッキングであり、慎むべきだろう。海外のデータとはいえ、複数の国から集めた39個の研究を統合したメタアナリシスで、飲食店の全面禁煙は店の売上に悪影響を与えないことが証明されている以上、現時点では日本でも同様であると考えるのが妥当である。

 さらには、例え今後1つか2つ「日本では飲食店の売上が下がる」という研究結果が出ても、鵜呑みにするのは危険である。まずはその研究者がたばこ関連産業から資金提供を受けていないことを確認する必要がある(資金提供を受けていたらその研究結果は信用できない)。

 さらに、1つか2つの研究で違ったからといって、39個の過去の研究結果をひっくり返すほどのインパクトは無い。よって今後10年以内に「公共施設での全面禁煙は飲食店の売り上げに悪影響を与えない」というエビデンスが覆ることはないだろう。日本はその前提で政策を選択していく必要がある。

参考文献
「がんセンターとJT、肺がんリスク巡り対立 疑義に反論」朝日新聞デジタル 2016年9月30日(http://www.asahi.com/articles/ASJ9Y5GC8J9YULBJ00J.html)
「受動喫煙による日本人の肺がんリスク約1.3倍 肺がんリスク評価『ほぼ確実』から『確実』へ」国立がん研究センターウェブサイト(http://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/press_release_20160831.html)
「受動喫煙と肺がんに関わる国立がん研究センター発表に対するJTコメント」JT ウェブサイト(https://www.jti.co.jp/tobacco/responsibilities/opinion/fsc_report/20160831.html)
「受動喫煙と肺がんに関するJTコメントへの見解」国立がん研究センターウェブサイト(http://www.ncc.go.jp/jp/information/20160928.html)
Hori, M., Tanaka, H., Wakai, K., Sasazuki, S. and Katanoda, K. (2016) Secondhand Smoke Exposure and Risk of Lung Cancer in Japan: A Systematic Review and Meta-Analysis of Epidemiologic Studies, Japanese Journal of Clinical Oncology, 46 (10), 942-951.