「ニュートン」(ニュートンプレス)

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 2月17日、日本を代表する科学雑誌であり、その質の高さでも定評がある「ニュートン」の出版元であるニュートンプレスの元社長らが逮捕された。利息を支払うなどと持ち掛け、複数の定期購読者から計1200万円を預かったという、出資法違反の容疑だ。子供たちに夢を与え続けてきた雑誌に起こったこととは思えない出来事。同社は経営破綻し2月20日、民事再生法の適用を東京地裁に申請した。研究機関関係者のA氏は、「ニュートン」の果たした役割を語る。

「一番評価されるべきは、『ニュートン』を読んで育った人たちが今、第一線の科学者や医師になっているっていうことです。この雑誌がなかったら、研究者になってなかったという人が結構います」

 筑波大学教授で科学ジャーナリズムに詳しい渡辺政隆氏も言う。

「科学の分野に進んだ若い人たちが『ニュートン』に影響されたという話を、実際によく聞きます。その前からあった『自然』(中央公論社)などは敷居の高い雑誌でした。『ニュートン』は科学好きの親と子供が一緒に見て、話題にできるというのが大きかったと思います」

「ニュートン」は 1981年に創刊された。

「ビジュアルをふんだんに使ったのが、画期的でした。当時、子供向きの科学雑誌というのは、『子供の科学』(誠文堂新光社)くらいしかなかった。子供から大人まで最先端の話題を楽しめる内容で、初代編集長の竹内均教授のタレント性もあいまって『ニュートン』は大きな話題になり、売上的にも成功したと思います」(渡辺氏)

 故人である竹内教授の「科学的素養は子供のうちにつけておかなければならない」という信念によって、「ニュートン」は創刊された。竹内教授は科学知識を広めるために、テレビ、ラジオ、新聞に積極的に登場。小松左京が小説『日本沈没』を執筆する際にはブレーンとなり、同作が映画化される際には、科学者役として出演している。自分には厳しかったが、他者、特に子供には優しかったという。

「『ニュートン』創刊の影響で科学雑誌ブームが日本で起こって、『クオーク』(講談社)、『オムニ』(旺文社)、『ウータン』(学習研究社)など5〜6誌の雑誌が創刊されました。他はどんどん休刊になっていって、『ニュートン』だけが残ったのです」(渡辺氏)

●ブラックホールもビジュアル化?

「ニュートン」といえば、精巧につくり込まれた紙面のビジュアルに定評があるが、どのように科学をビジュアル化したのだろうか。

「数式でしか表せないものなど、科学の世界には目に見えないものも多いので、大変だったと思います。編集者、専門家の先生、そしてデザイナーの合作みたいな感じでビジュアル化されたと聞いています。星が誕生した瞬間や、小彗星爆発の瞬間などは、望遠鏡で観測されているので、絵にすることはできます。骨しか見つかっていない恐竜の姿をビジュアル化するということもしていました。今は荒れ果てているピラミッドやスフィンクスを復元して、当時の人がどんな服装をして、どんなことしていたのかといったことも再現していました」(前出と別の科学関連研究者・B氏)

 さらに「ニュートン」は、もっと難しいものまでビジュアル化していた。

「宇宙の始まり、ブラックホール、これはなかなか見えない。太陽系の他の惑星だって、その頃は、ほとんど見えてないわけです。それでも、火星の表面や、昔の火星、昔の月なども復元していました。ブラックホールは、見えないからブラックホールという名称なので、普通に考えたらビジュアル化できない。ブラックホールという天体があって、その周りに吸い込まれていく物質の絵を描いて表現していました」(同)

 アインシュタインの相対性理論も、ビジュアル化された。

「ただこれは、『双子のパラドクス』を絵にしたものです。双子の兄弟がいて、弟は地球に残り、兄は光速に近い速度で飛ぶことができるロケットに乗って、宇宙の遠くまで旅行したのちに地球に戻ってきたらどうなるかというのが、『双子のパラドクス』。これで相対性理論をビジュアル化したのです。マンガと同じ手法です。しかし、相対性理論を精密な絵にする必要はまったくなかったのです。概念図や線画でいいわけですよ。絵で見せたほうがいいものと、文章できちんと説明したほうがいいものと両方あるのですが、それが区分けされていなかったのは、弱点だったように思います。その点で新しい手法が開拓されていなかったのが、収益悪化の一因かもしれません」(同)

●「ニュートン」よ、お前もか

 では、なぜ「ニュートン」の経営母体は危機に陥ってしまったのか。

「他の科学雑誌も『日経サイエンス』(日経サイエンス社)以外はほとんど、なくなってしまった状況。『ニュートン』よ、お前もか、という感じです。発売数も『日経サイエンス』よりずっと多いように聞いていましたから、大丈夫だと思っていたのです。読者の雑誌離れが進んでいるという気もしますね。ネットに科学系の情報サイトもたくさんありますし、CGがこれだけ発達してきて、それを活用した媒体も多い。朝日新聞社は『科学朝日』、その後の『サイアス』もやめてしまいました。逆に今、主だった新聞は科学面をけっこう充実させていて、朝刊と夕刊とそれぞれ一面ずつ科学欄を設けて、時事ニュースよりも解説記事を増やしています。それが、科学雑誌の代わりみたいな役割を果たしています。ただ新聞も部数を減らしているわけで、それほどパイの大きくないところで、みな苦戦しているという気はします」(渡辺氏)

 現在、アメリカ航空宇宙局(NASA)のウェブサイトにアクセスすれば、国際宇宙ステーションから見た地球や、人工知能で動く探査機「キュリオシティ」が映す火星の表面、太陽観測専用の衛星SDOが映す太陽活動など、1万本以上のリアルな画像を見ることができる。

 科学雑誌が生き残っていくには、もっと遙か彼方まで想像力の翼をはためかせなければ、ならないのかもしれない。
(文=深笛義也/ライター)