ブラジル・リオデジャネイロのサンボドロムで開催されたカーニバルのパレード2日目で、パフォーマンスを披露するサンバチーム(2014年3月3日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News

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【AFP=時事】ブラジル・リオデジャネイロ(Rio de Janeiro)のカーニバルに合わせて同国の主要テレビ局グロボ(Globo)は毎年、同局のカーニバル放送を宣伝するためのコマーシャルにダンサーを起用するが、24日に始まる今年のカーニバルの特番のCMに視聴者は衝撃を受けた──ダンサーが「服を着ていた」からだ。

 グロボのダンサーは、局名とポルトガル語で「美」を意味する「ベレーザ(beleza)」を掛け合わせた「グロベレーザ(Globeleza)」と呼ばれているが、グロベレーザには毎年、若くて美しく肌の色が濃く、サンバのうまい女性が選ばれる。カーニバル放送の合間には、このグロベレーザが腰をくねらせて踊る絶妙なCMが挟まれる。

 1991年の初代グロベレーザ以降、彼女たちはほぼ全裸で、身に着けているのはハイヒールとスパンコールやキラキラしたボディーペイントのみ。それすらほとんどない年さえあった。

 しかし先月発表された今年の映像では、グロベレーザのエリカ・モウラ(Erika Moura)さんは、なまめかしいながらも足首丈まである民族衣装を着ていた。ブラジル国内のニュースは一斉に「史上初、服を着たグロベレーザ」「グロベレーザに服を着せたのは誰?」といった見出しで書き立てた。

 カーニバルに向けて参加者たちはリハーサルに余念がないが、グロベレーザの新しい装いは、ブラジルにおける倫理観の変化を示す兆候の一つでしかない。

■新市長「カーニバルには行かない」

 昨年のリオデジャネイロ市長選でブラジル全体の保守化の波に乗って勝利したマルセロ・クリベラ(Marcelo Crivella)氏は、キリスト教福音派の聖職者だ。カーニバルには出席しないつもりだと報じられている。毎年約100万人の観光客が集まる一大イベントに市長の姿がないというのは、奇妙に見えることだろう。

 人権活動家は以前から、グロベレーザのヌード姿は黒人女性を性的対象と見なすイメージを助長するとして批判の声を上げてきた。活動家らがさらに憤慨したのは、2014年のグロベレーザをめぐる出来事だ。グロベレーザに選ばれたダンサーが、肌の色が濃過ぎるとしてソーシャルメディア上で批判され、グロボは翌年、肌の色がもっと明るいモウラさんを起用した。

■サンバのリズムで女性尊重の歌詞

 今年のグロベレーザが服を着ていることについて、グロボ側は単にキャラクターを「豊かに」したいという意図で、「視聴者の反応は良いので、方向性は正しいと感じている」との考えを明らかにした。

 人種間の平等を推進する非営利団体(NPO)「ID_BR」の創設者ルアナ・ジェノ(Luana Genot)氏も、グロベレーザの「変身」を歓迎している。

 音楽もまた闘いの場となっている。セクハラに反対するフェミニストらは、リオのカーニバルの新しいテーマソングを考案した。ノリのいいサンバのリズムに乗って歌われるのは、「君が何を着ていても、同意がなければ触れないよ」という女性を尊重するメッセージ。

■フェミニストがカーニバルをつまらなくした?

 リオのカーニバルの伝統的なマーチングソングのいくつかには、性的あるいは人種的な差別と思われる歌詞があり、これについても激論となっている。例えば、異人種間に生まれた女性を指す「ムラータ(mulata)」という呼び方は、差別的な言葉として問題視されている。

「ブロコ(bloco)」と呼ばれるストリートのカーニバル集団の中には、半世紀以上前に書かれたこうした歌を演目から外すグループも出てきている。フェミニストによるブロコを立ち上げたデボラ・ソーメ(Debora Thome)さんは、社会に変化が生じてきているという。

 一方でカーニバル曲のベテラン作曲家、ジョアン・ロベルト・ケリー(Joao Roberto Kelly)氏は、フェミニストたちがカーニバルをつまらなくしていると批判する。ケリー氏は地元紙エスタド・ジ・サンパウロ(O Estado de Sao Paulo)に「独裁政権時代以来、こんな検閲など見たことがない」と語っている。
【翻訳編集】AFPBB News