(撮影:日本蹴球合同会社)

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22日、日本サッカー協会はメディア向けにルール適用の基準などを説明する「JFAメディア・コンファレンス・オン・レフェリング2017」を都内で開催した。その会場に誰よりも先に来て座っていたレフェリーが、家本政明主審だった。

2016年11月29日、チャンピオンシップ決勝第1戦で笛を吹いたのが家本主審だった。57分、ペナルティエリア内で浦和の選手が倒れ、家本主審はPKを宣告。このPKの得点がこの試合の唯一のゴールとなる。

このゴールについては様々な意見が生まれた。激しい接触ではなかった、PKをとるほどのものではなかった、誤審ではないかと最初からヒートアップした。

「家本」という名前が炎を大きくしたとも言えるだろう。過去に物議を醸す判定があったからだ。特に2008年、ゼロックススーパーカップでは警告11枚、退場3人というジャッジがあり、その後しばらく、試合の割り当てを停止されていた。

PKの判定を巡る炎上収まらない中、12月3日に家本主審はFacebookを閉じる。その後は沈黙を守り続けた。

そしてこの日、家本主審は自分に何が起きたのかをやっと語った。

「5歳と6歳の子供がいるんです。その子たちが大人たちから何かを言われて帰ってくる。内容は理解はできないんですが、何かよくないことを言われてるみたいだというのはわかるみたいなんです。『お前の親父ってさぁ』って。悲しそうにそれを僕に聞いてきた。そんな子供の様子に耐えられませんでした」

「葛藤はありました。我々の立場は公人でもあり、SNSでどこまで発信していいか整備されていないというのが現状です。そして言いたいこと、話したいことがお互いに一杯ある中で、起きたことがいろいろな色を付けられて伝えられていくんです。SNSで自分とつながっている人たちも巻き込んで」

「ゼロックススーパーカップのときもすごかった。辛かったんです。でもあの当時はまだ結婚する前で、妻はそのことについて自分の胸の内にしまっていてくれたんです。だけど、こうやって子供まで巻き込んだのには耐えられませんでした」

「今回は心がえぐられました。立ち直れないぐらい辛くて。俺って何なんだろう、審判って何なんだろうって。どうしてこんなに揶揄されなければいけないんだろうって」

「SNSでは会話することで救われていた部分もありました。会話をすると誤解が解ける人たちもいたんですよ。ただ、もっとコミュニケーションをとりたいと思っても、語れることが限られているという部分もありました」

「SNSを閉じたのは、親父として子供を守りたい、そのために何をするかということを考えて行ったことの一つです。SNSを閉じるというのは、心を閉じるというのと近いと思っています」

なぜ僕のことをそんなに「イジる」のでしょう? 家本主審はあえてそんな単語を使いながら質問してきた。目が笑っていなかった主審に少しでも笑ってほしくて、ちょっと冗談を言ってみた。

――キリッとした表情だし、話すのも早いから隙がないように見えるのかも。今度、「恋ダンス」でも踊ってアップして見せたらどうでしょう?

「なるほどね……」。そう言いながら、家本主審はちょっとだけ微笑んだかもしれない。

【日本蹴球合同会社/森雅史】