翁長知事の右腕である安慶田副知事辞任の際には号外も配られた

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 反基地運動の闘士として絶大なる人気を誇ってきた翁長雄志沖縄県知事に対する風向きがガラッと変わりつつある。

 昨年12月20日には、国が辺野古の埋め立て承認を取り消した沖縄県を訴えた裁判で、最高裁が「翁長知事が承認を取り消したのは違法だ」とする判断を示したことをご記憶の人も多いだろう。これに対して「あらゆる手法で辺野古新基地建設を阻止する」と、一段と闘志を燃やした翁長知事だったが、その後の選挙では連敗しているのだ。

 1月22日投開票の宮古島市長選では、翁長知事は前沖縄県議の奥平一夫氏(民進推薦)を応援。一方の自民党は現職の下地敏彦氏を推薦した。さらに社民と沖縄社大が医師の下地晃氏を推薦し、保守系市議の真栄城徳彦氏(無所属)が出馬するなど、保革ともに分裂含みとなったこの選挙をわずか300票差で制したのは、下地氏だった。

 このことは何を意味するのか?

◆沖縄タイムスの「翁長離れ」

 沖縄の米軍基地問題などを取材し続けているジャーナリストの竹中明洋氏が話す。

「投開票直前の1月18日に『沖縄タイムス』が、翁長氏の右腕である安慶田光男副知事(当時)の教員採用試験をめぐる口利き疑惑を報じた影響が大きかった。翁長氏は選挙後に、安慶田に関する報道の影響はないとフォローしていましたが、300票差という僅差だったことを考えれば、タイムスのスクープがなければ結果がひっくり返っていた可能性も十分。ただし、そのスクープ以上に県庁職員や自民党県連関係者までもが驚いていたのは、『タイムスが報じた』という事実でした。『琉球新報』と並んで、一貫して翁長氏を支えてきたメディアですから。沖縄タイムスの県政キャップは翁長氏が最も心を許す記者とも言われています。今、沖縄ではタイムスの“翁長離れ”が大きな注目を集めているのです」

 安慶田氏はその報道からわずか5日後の1月23日に辞任を表明。当初は口利き疑惑を否定し、「(副知事を)辞めるつもりはない」と強気の姿勢を見せていたが、「前教育長だった諸見里明氏が実名で、県教委宛てに上申書を提出し、教員試験に関して安慶田氏から特定の人物の名前や受験番号を記したメモを渡されて圧力をかけられたと告発する動きが伝わり、あっさり辞任した」(竹中氏)という。

 こうした風向きの変化は2月12日投開票の浦添市長選挙をも直撃した。那覇市にある米軍那覇港湾施設(那覇軍港)の浦添市への移設の是非が争点となったこの選挙でも、安倍政権と翁長知事の代理対決の構図となったが、自公推薦の前職・松本哲治氏が、翁長知事が推す前市議・又吉健太郎氏に8690票もの差(有効投票数5万2776票)をつけて勝利したのだ。

「宮古島市長選で接戦を制したのが大きかった。宮古で敗れた影響で又吉陣営がお通夜のように沈んでいたのと対照的に、松本陣営は宮古で奥平氏を支援した関係者が大勢、浦添に乗り込んで盛り立てた。浦添市には宮古出身者が多いことも、有利に働きました」(自民党関係者)

◆注目は4月のうるま市長選

 もちろん、浦添市長銭にも安慶田氏の口利き疑惑が影響を及ぼしたと考えられる。というのも、安慶田氏は1月26日には弁護士同席のもと記者会見を開き、上申書を提出した諸見里氏を名誉棄損で刑事告訴したと明らかにしたのだ。

 「早々の辞任で疑惑報道の幕引きを図り、翁長知事へのダメージを最小限にとどめたのかと思っていたら、刑事告訴で改めて騒ぎを大きくしてしまいました。県庁幹部も、『これでは翁長知事の足を引っ張るだけ』と頭を抱えていました」(竹中氏)

 なんとか風向きを変えようと考えたのだろう。翁長氏は1月31日から2月5日にかけて訪米し、トランプ新政権下のアメリカに対して直接、沖縄の基地問題の解決を訴えようと試みた。だが、政府当局者との面談は課長級のヤング国務省日本部長ら2人だけ。これには、沖縄タイムスも「何か具体的行動を取る説得量のある議論ができたのだろうか」と訪米に否定的な論調だったのだ。

 今後の注目は4月23日投開票のうるま市長選だ。ここでも安倍政権vs翁長知事の代理対決となるのは必至。「これまで選挙上手と知られた翁長氏が3連敗を喫すれば、来年の県知事選にも影響する」(竹中氏)という。果たして、巻き返しはなるか……? 沖縄は一足早く暑い季節を迎える。

<取材・文/HBO取材班>