小沢健二

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 90年〜ゼロ年代の日本のポップ・ミュージックを支えてきたアーティストの一人である小沢健二が、19年ぶりの新作『流動体について』を2月22日に急遽リリースした。20日に行われた、ニュースサイト音楽ナタリー内の企画「公開リアルタイムチャット」で小沢からリリースについて突如発表されると、オフィシャルサイト「ひふみよ」はアクセス集中により一時サーバーがダウン。CD店着日となる翌21日には「言葉は都市を変えてゆく」と題された本人デザインによる朝日新聞一面広告が掲出され、発売と同時にCDが売り切れとなる店舗も見られたという。そして、この突然すぎる小沢健二の復活劇は、24日放送の『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)への出演で最大のピークを迎えることとなる。

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 2016年から2017年にかけて、音楽シーンはまた一つの充実期を迎えている。「恋ダンス」で社会現象を起こした星野源の「恋」、Honda「VEZEL」のCMソング「STAY TUNE」で注目を集めたSuchmosなどをはじめ、ブラック・ミュージックを取り入れたポップ・ミュージックが全盛であるが、その流れを遡ると90年代の音楽カルチャーの系譜にたどり着く。そこには、小沢健二が音楽シーンに残した数々の功績が存在する。

 小沢健二は、1989年にフリッパーズ・ギターとしてデビュー。グループ解散後、1993年にアルバム『犬は吠えるがキャラバンは進む』でソロデビューした。当時の小沢はスティーリー・ダンなどのAORサウンドを参照した印象も強かったが、2ndアルバム『LIFE』(1994年)では、モータウンの影響が表れたソウル色の強い作品となり、同作は「ラブリー」「今夜はブギーバック」などが収録された名盤として広く知られるようになった。シーン全体でも、ピチカート・ファイヴ、オリジナル・ラブ、スチャダラパー、TOKYO No.1 SOUL SETといった、それまでの邦楽シーンとは一線を画す、様々な音楽ジャンルを俯瞰的視点で捉えたサウンドが開花。のちに彼らの音楽性やファッションなどがいちカルチャーとして渋谷系とも呼ばれ、多くのフォロワーが誕生した。

 以降のJ-POPでは、海外を中心とする音楽の要素を取り入れた、新たなサウンドがより多く作られるようになる。星野源やSuchmosなどの楽曲にもみられる、ブラック・ミュージックの要素を取り入れたサウンドの潮流は、小沢健二をはじめとする当時のアーティストたちによって育まれた面が大きいと言えるだろう。

 小沢健二の楽曲は、世代・ジャンルを超えたミュージシャンたちに愛され続け、いまやカバー曲の定番として親しまれている。リスペクトする対象を再解釈し、新たなモノを生み出す文化でもあった90年代の音楽カルチャー。その先駆者の一人である小沢健二が時を経て、リスペクトを集める“元ネタ”側へと発展を遂げていったのは興味深い。先日、創業40年を迎えたファッションブランド・BEAMSが公開した「TOKYO CULTURE STORY」プロジェクトムービーでは、東京のストリートを飾ってきたファッションと音楽ジャンルをつなぐ楽曲として「今夜はブギー・バック (smooth rap)」が使用されていた。そして、その映像のラストでボーカルを取っていたのがSuchmos・YONCEとは実に象徴的である。小沢健二の楽曲はその時代を生きるアーティストにより常に更新され、現在の音楽シーンでも新たな価値を生み出し続けている。

 小沢とともに歳を重ねてきたリスナーも、小沢が残した功績とともに成長したリスナーも、あらゆる世代の視聴者が大きな関心を寄せた2月24日放送の『ミュージックステーション』。小沢は約20年ぶりの出演を果たし、「イントロが長い曲とアウトロが長い対の2曲」と紹介した「ぼくらが旅に出る理由」「流動体について」を生パフォーマンスで披露した。「ぼくらが旅に出る理由」は名盤『LIFE』に収録された一曲。そして新曲「流動体について」は、小沢健二が筒美京平と共作した『強い気持ち・強い愛/それはちょっと』(1995年)を彷彿させる、ストリングスアレンジがふんだんに取り入れられた一曲である。小沢健二が90年代の音楽シーンに与えた衝撃と、時を経て現代のシーンに与える衝撃、その両方を同時に体験することができた貴重な一夜となった。 2017年、 TV画面の中で歌う小沢健二の姿を目の当たりにし、この華麗なる復活は時代によって求められ、実現したのだと多くの視聴者が感じたことだろう。(リアルサウンド編集部)