絶滅が危惧される鉄道車両 第4回 キハ40系気動車

 

国鉄の時代に生まれ、JRに引き継がれた一般形気動車(主に通勤輸送に従事した気動車)といえばキハ20形やキハ30形、そしてキハ40系が代表格だろう。このうち、キハ20形とキハ30形はすでにJRの路線から消えているが、キハ40系はいまも多くが全国の非電化路線を走り続けている。

 

数も多くまだまだ安泰と思われてきたキハ40系だが、最近では状況が変わってきた。3月4日のダイヤ改正で、JR東日本の烏山線(からすやません)から消えることが発表されたのだ。烏山線といえば、関東地方で唯一のキハ40系の働き場所であり、キハ40系の聖地としても知られていた。

 

そこで本稿では、烏山線の現状とダイヤ改正後に本格導入され、非電化路線の将来を大きく変えるであろう “蓄電池電車”の姿を追ってみた。

↑烏山線を走るキハ40系はキハ40形1000番代。トイレを撤去し、2000番代から1000番代に改番された

 

【歴史】計888両も造られた国鉄を代表する気動車キハ40系

キハ40系が登場したのは1977(昭和52)年のこと。終戦後、間もなく造られ全国の非電化路線を走ったキハ10系の置き換え用に開発された。

 

キハ40系は大きく3形式に分けられる。乗降トビラが車端部に設けられ、運転台が車両の前後に付くキハ40形(烏山線の車両はこのタイプ)、片側のみに運転台があるキハ48形。乗降トビラが中央部に寄せられ、片側に運転台が付いたキハ47形。1982(昭和57)年まで合わせて888両が製造された。

 

電車に匹敵する大型の車体、ディーゼルエンジン音を高らかに奏で走る姿は、ある意味、国鉄形らしい武骨さが感じられ、ローカル線を走る姿はどこか牧歌的でもある。

 

キハ40系は国鉄がJR化された時に、JR旅客全社に引き継がれた。キハ40系の弱点だった非力なエンジンを載せ換えるなどの改造を行った車両が多く、また路先や地域に合わせた改造なども行われ、キハ140形など、さまざまな改造形式も生まれた。

 

JR各社で働いてきたキハ40系だったが、そのうち、JR東海の車両は2015年に消滅、JR四国のキハ40系も残存率が50%を切ってしまった。だが、そのほか各社では、いまも70%以上の車両が生き残り、ローカル線を中心に走り続けている。

↑烏山線を走るキハ40形は3色。朱色とクリーム色の塗装は国鉄一般気動色と呼ばれ人気だ

 

【烏山線のキハ40形 杼るキハ40形1000番代の特徴とは?

烏山線を走るキハ40系は、キハ40形の1000番代という番代に区分されている。この1000番代は国鉄時代の最晩年、1986年から翌年にかけて改造された車両で、キハ40系のなかでは、最も早く変更を受けた車両でもある。

 

大きな変更内容は、トイレを撤去したこと。烏山線の宝積寺駅(ほうしゃくじえき)〜烏山駅間は営業キロ数20.4kmと短い。宇都宮駅からの直通列車に乗っても、終点の烏山駅へ50数分で着いてしまう。よってトイレは不要と判断されたのだろう。さらにその後、全車がロングシート、ワンマン運転対応車両に変更されている。

 

車体長が21.3mもあり、長いと感じられるキハ40形。実際に烏山線用のキハ40形に乗ってみると、車端部にある2つの乗降口の間にずらりと窓を背にしてロングシートが連なる。3ドアや4ドアのロングシート車に乗り慣れた者にとってみると、このシートの長さは、ちょっと異様に感じるほどだ。

↑白地に緑という塗装は烏山線独自のローカル色。2017年2月現在、8両中4両がこの塗装で走る

 

【烏山線のキハ40形◆枦脹猊景が広がり絵になる烏山線の沿線

烏山線を走るキハ40形は、1001号車から1009号車までの8両(1006号車のみ秋田車両センターへ転属)。ほか、EV-E301系という“蓄電池電車”‘(詳細は後述)の2両1編成も走る(2017年3月3日までの車両構成)。1月末の週末に烏山線を訪れた際は、EV-E301系は走っておらず、すべての車両がキハ40形だった。

 

宇都宮駅を朝8時5分発、筆者が乗ったのはキハ40形1007号車。クリーム色と朱色に塗り分けられた一般気動車色だった。宇都宮駅出発時は、長いロングシートがほどほどに埋まる程度。学生の姿が半分、沿線の人たちらしい乗客が3割、残りは3月で烏山線の気動車が消えることを聞きつけて訪れた鉄道ファンらしき人たちだった。

 

宇都宮駅を出発して、宝積寺駅までは東北本線を走る。沿線には宇都宮市の住宅地が連なる。そして烏山線の分岐駅・宝積寺駅に到着。ここで多くの学生たちが乗車、車内は座れずに立つ人も多くなる。沿線の風景も烏山線へ入るとがらりと変わった。民家は減り、田園風景が広がる。非電化区間のため架線柱がなく、開放感が感じられる。

↑烏山線の沿線は絵になる風景が多い。写真は下野花岡駅の近くで撮影した秋の日の光景

 

【烏山線のキハ40形】登り勾配区間に“挑む”姿がいじらしい

烏山線へ入って最初の駅が下野花岡駅(しもつけはなおかえき)。駅近辺には民家がわずか、周囲に田んぼが広がる。

 

実はこの駅のそばに、2010年までキリンビールの栃木工場があった。いまは緑に覆われた広大な空き地となっている。かつては下野花岡駅の次の駅、仁井田駅(にいたえき)から鉄道貨物によってビール製品の輸送が行われていた。そのため下野花岡駅〜仁井田駅間の南側車窓を見ていると、工場への引込線の廃線跡が確認できる。

 

そんな車窓を見ながら仁井田駅に到着。ここで学生がほぼ全員下車した。駅そばにある県立高校に通う生徒たちだった。仁井田駅での下車口は先頭のトビラのみ、多くの学生たちが一斉に前に移動して降りるものだから、結構手間がかかる。都市部を走る通勤電車だったら、乗り降りはお早めにと急かされるだろうが、本数が少ない烏山線のこと。いたってのんびりである。

↑エンジン音を響かせ急坂に挑むキハ40形。朱色1色の車両は首都圏色、タラコ色とも呼ばれ親しまれる

 

学生が降り、仁井田駅から先の車内はガラガラになる。発車すると田園風景が終わり、山間部へ。次の鴻野山駅(こうのやまえき)までに、小さな峠があり、この登り区間、キハ40形のスピードは目に見えて落ちる。登り坂でキハ40形のディーゼルエンジン音を響かせ、ゆっくりと坂を走っていく。大きなエンジン音に比べてスピードは上がらず、いじらしいかぎりだ。

 

このあたり最新の気動車だったら、スムーズに上っていくはずで、やはり一時代前の車両だなということを実感する。登り坂に対して、下り坂は軽やかで、無人駅の鴻野山駅に滑り込む。鴻野山駅の次は大金駅だ。ここは烏山線で唯一、交換が可能な駅で、上り列車と交換する。

 

大金駅の先、小塙駅(こばなえき)からは25パーミルという急勾配となり、再びスピードが落ちる。坂を登り切れば烏山線で唯一の森田トンネルだ。トンネルを抜けて坂を下れば滝駅。駅近くに龍門の滝という景勝地があり、滝越しに烏山線の列車を望むこともできる。滝駅を発車、しばらく走れば終点の烏山駅だ。宇都宮駅から54分、短いが変化に富んだ烏山線の小さな旅が終わった。

↑終点の烏山駅に停車するキハ40形。列車は本数が少なめ、時刻表を確認しつつ列車旅を楽しみたい

 

【烏山線のキハ40形ぁJR東日本が「キハ40形」の引退イベントの開催を発表

2月9日、JR東日本から「キハ40形」の引退イベントの開催が発表された。2月18日から烏山線の各駅に「キハ40形へのメッセージボード」が設置されるほか、2月24日の10時からは記念入場券を宇都宮駅、宝積寺駅、烏山駅で販売予定。

 

また、2月24日〜3月3日の期間には宇都宮駅と烏山駅前マルシェで、キハ40形をデザインしたオリジナル懸け紙付きの駅弁が販売される。さらに運転最終日となる3月3日には、オリジナルヘッドマークを付けた列車が運行される予定だ。

 

烏山線を長年走り続けたキハ40形の運転は3月3日まで。国鉄形車両が好きな方は、この日まで、ぜひとも沿線を訪れて楽しんでいただきたい。

↑クリーム色と朱色に塗り分けられたディーゼルカーがのんびりと走る。こういった絵になる風景も、3月3日が見納めとなる

 

【新時代の電車 杣\ぢ紊亮舂車両となりそうな蓄電池電車

ダイヤ改正の3月4日以降、烏山線の車両は大きく変わる。EV-E301系電車が増備され、2両3編成が配置される。EV-E301系の愛称は「ACCUM」(アキュム)。英語の「Accumulator」(蓄電池)から名付けられた。

 

2014年3月に量産先行車の1編成が導入され、これまで烏山線の営業運転に使われながら技術が煮詰められてきた。そして3月から、すべての列車がEV-E301系で運行されることになった。

 

このEV-E301系は直流蓄電池電車、または直流用蓄電池駆動電車とも呼ばれている。電化区間で電車のようにパンタグラフを使って集電し走り、同時に積んだ蓄電池への充電を行い、非電化区間では蓄電池に貯めた電気を使って走行する。終点の烏山駅には充電設備が設けられ、ここではパンタグラフを上げて、電気の急速充電を行う。

↑烏山線を走るEV-E301系ACCUM。非電化区間では蓄電池に貯めた電気を利用して走る

 

↑電化された東北本線ではパンタグラフをあげ、蓄電池への充電を続けながら走る

 

↑終点の烏山駅にはACCUM専用の充電設備が設けられ、パンタグラフをあげ蓄電池への充電を行う

 

【新時代の電車◆JRの他社そして他線区でも走り始めた蓄電池電車

蓄電池電車は次世代の鉄道車両ということができるだろう。化石燃料を消費せず、空気を汚すこともない。とはいえ課題もある。

 

電気自動車と同じく、いまの技術では蓄電池が大きくなりがちで、貯める電気の容量も限られる。よって現状では蓄電池に貯めた電気のみで走れる距離が限られる。烏山線の場合、20.4kmと距離が短いことが幸いした。

 

とはいえ非電化区間での性能は電車と同じ。キハ40系のように急坂だから、力をふりしぼって、ということもない。一般の電車と同じく、すいすい登って走ることができる。

 

烏山線に導入されたEV-E301系が蓄電池電車の創始となったが、早くも次に蓄電池電車が導入された線区が現れている。JR東日本の男鹿線では、烏山線用の直流蓄電池電車とは異なる交流蓄電池電車EV-E801系ACCUMが導入され、近々、営業運転を始める予定だ。

↑JR九州の筑豊本線(若松線)に導入されたBIC819系DENCHA。3月からは博多駅へも乗り入れの予定

 

JR東日本以外では、JR九州でBIC819系交流蓄電池電車が開発され、2016年10月から筑豊本線の若松駅〜折尾駅間(若松線)ですでに営業運転が始められている。BIC819系の愛称は「DENCHA(デンチャ)」。2017年3月のダイヤ改正では、同区間の車両がすべてDENCHAとなる予定だ。

 

男鹿線の追分駅〜男鹿駅間の路線距離は26.6km、筑豊本線(若松線)の路線距離は10.8kmとそれぞれ短め。現在の蓄電池電車に向いた距離の短い線区ではあるが、蓄電池電車が登場以来、まだ間がないのにも関わらず、導入のスピードは予想を上回る早さである。

 

ちなみに蓄電池電車が導入される3路線とも、以前の主力車両がキハ40系だった。キハ40系の代わりに最新形気動車が導入することなく、電車の新たな形式である先進的な蓄電池電車がカバーしていく。蓄電池電車の普及は、鉄道の新しい時代の訪れを暗示しているのかも知れない。