『奨学金が日本を滅ぼす』(大内裕和著、朝日新聞出版)

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タイムリーな新書が出た。『奨学金が日本を滅ぼす』(朝日新聞出版、2017年2月刊)。著者は奨学金研究の第一人者、大内裕和・中京大教授だ。

単なる学者ではない。「ブラックバイト」の名付け親。このところ熱心に奨学金問題の改善にも取り組んできた人だけに、内容は幅広く、示唆に富んでいる。奨学金問題を考える必読書と言えるだろう。

世代間で認識に大きなギャップ

かつて、「大学は出たけれど」と言われた時代があった。昭和初期の大不況のころだ。せっかく大学を出ても就職先がなかった。

ところが、今も似たようなことが起きている。大学時代に借りた貸与奨学金の総額や利子が莫大な額になり、就職しても返済で四苦八苦するというのだ。

学生は甘えているのではないか。そんな指摘もしばしば起きる。実際、毎日新聞は2017年2月5日、「学費はアルバイトで賄え」という67歳の投書を掲載した。ところがネットにはブーイングの声があふれた。その様子をJ-CASTニュースが8日公開の記事で伝えたところ、あっというまに100近いコメントが付いて、関心の高さをうかがわせた。

大内教授によると、この問題の深刻さについては、世代間で認識に大きなギャップがある。互いに「言葉も通じない」ほどだという。なぜなら半世紀前と今とでは、学生の置かれた状況が全く異なるからだ。

大学生の52.5パーセントが奨学金を利用

著者によると、1969年の国立大初年度納付金は1万6000円(うち授業料は年間1万2000円)。それが2016年は81万円強(うち授業料は53万円強)。物価は3倍強だから、大学に払うお金がいかに過大になったか分かる。私立大はもっと巨額になる。

毎日新聞への投書者と同じ67歳の元会社員(国立大学出身者)に聞いてみると、かつての育英会奨学金には「一般貸与」のほかに、「特別貸与」制度があった。毎月8000円貸与されるが、返済義務は3000円のみ。5000円分は実質給付だ。大学寮なら生活費2万円で暮らせたから、非常に助かったという。

「特別貸与」の奨学金は、「特に成績が優秀で,経済的な理由により就学困難な学生」が対象とうたわれていた。しかし、文科省の1969年のデータによると、貸与者は「一般」と「特別」がほぼ同数。かなり幅広く支給されていたことがわかる。この「特別貸与」は1984年の制度改正まで続いていた。

現在、日本学生支援機構(日本育英会の後身)の奨学金は、すべて貸与型。2012年には大学生の52.5パーセントが奨学金を利用している。20年前は21.2パーセントだったから急増している。大半が利子付き。月12万円まで借りられることもあり、卒業時に借金が数百万円という例は珍しくない。

「取り立て」は厳しく

著者は奨学金問題が深刻になった理由を、学費以外の多くのデータからも説く。

・親の所得が減った。民間企業労働者の平均世帯年収は1994年の664万円をピークに漸減。2014年は542万円。

・これに伴い、仕送り額も減った。5万円未満が、95年の7.3パーセントから2015年は24.9パーセントに急増。うち仕送りゼロは95年の2.0パーセントから2015年は9.1パーセントに増えている。

・高卒求人が激減した。92年は約167万人。2011年は約19万人。高卒でホワイトカラーになるのは難しくなった。保育士、看護師などの専門職も資格が高学歴化。短大・大学に進学せざるを得なくなった。

奨学金利用者が必然的に増える一方で、育英会の組織替えなどで「取り立て」は厳しくなった。滞納3か月で金融機関のブラックリストに登録される。カード利用やローンを組むのが難しくなる。延滞金は年5パーセント。9か月目に入ると裁判所から支払督促があり、返せないと、給料差し押さえなど法的措置が取られる。せっかく大学を出たのに、社会人のスタート段階で落伍者に転落する危険が増しているのだ。

給付の原資はどこから

教育現場では、この問題への関心が薄かった。なぜなら戦後長く、教員や大学の研究職は奨学金返済の「免除職」だったから。著者もその一人だった。2010年にたまたま「最近の若い先生は貧しい」ことを知り、実情を調べて仰天した。

2012年、「愛知県 学費と奨学金を考える会」に相談役として参加。13年には全国組織「奨学金問題対策全国会議」を共同代表として設立。活動がマスコミにも注目されるようになり、14年には延滞金の利率が年10%から5パーセントに軽減されるなどの成果があった。給付型奨学金の導入を求める全国署名は、16年3月には300万を突破した。こうした声に押され、政府は16年12月、18年度から住民税非課税の1学年2万人を対象に給付型奨学金の導入を決めた。

では、給付型奨学金の原資をどうするか。著者は再びデータで示す。

・2000年度以降に超富裕層の金融資産は43兆円から73兆円に増えた。

・法人税の減税などで、企業の内部留保は02年の188兆円から14年度は354兆円に増えている。

こうした「含み財源」をもとに、年間約3兆円の大学授業料の無料化さえ可能だと主張する。

「活力ある社会」をつくるには

大学進学率が50%を超え、「誰でも大学生」となりつつある今、「大学教育に税金を投入するのはムダ」「自己責任」という声も根強い。

著者は国立教育政策研究所の調査をもとに反論する。それによると、学部・大学院在学中の学生1人当たりの公的投資額は約253万円。これに対して、同卒業者の公財政への貢献は約608万円。公的投資の約2・4倍のリターンがある。

たしかに、成績優秀な大学生は将来、仕事や研究で社会に貢献し、収入も高くなる確率が高い。給付型奨学金などは、いわば将来、自分が払うであろう高額の税金から、前払いで還元されたものとみなすこともできるかもしれない。

よく指摘されるように、OECD加盟国の中で、高等教育への公財政支出の割合は、日本が最低クラス。国の「給付型」奨学金がないのも、日本ぐらいだという。このまま「高等教育の学資は私費負担」を続けるのか。そのことで「活力ある社会」は可能なのか。近年の結婚難や少子化、子育てへの影響は? 「奨学金」をフックに日本社会のあり方全体についても考えさせられる本だ。