鈴木清順監督ご冥福をお祈りいたします
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 映画『殺しの烙印』『ツィゴイネルワイゼン』などで知られる映画監督の鈴木清順さんが2月13日午後7時32分、慢性閉塞性肺疾患のため都内病院で亡くなった。93歳だった。日活株式会社が発表した。葬儀・告別式は近親者にて執り行われた。

 鈴木監督は1923年5月24日生まれの東京・日本橋出身。学徒出陣経験者で、1948年に松竹大船撮影所に入社。1954年に日活撮影所に移籍し、1956年の『港の乾杯 勝利をわが手に』で監督デビュー。当時は鈴木清太郎名義だったが、1958年の『暗黒街の美女』から鈴木清順に改名した。

 現在もカルト的人気を博す『殺しの烙印』(主演・宍戸錠)などを発表したが、1968年に日活が専属契約を解除。同社がシネクラブ研究会の企画した上映会へのフィルム貸し出しを拒否したことを発端に「鈴木清順問題共闘会議」が結成され裁判闘争にまで発展した。1971年の和解後は、“浪漫三部作”と呼ばれる『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』『夢二』などを完成。2001年に江角マキコ主演の『ピストルオペラ』を発表、2004年の『オペレッタ狸御殿』が監督としての遺作となった。

 人気アニメ「ルパン三世」シリーズにもかかわり、1985年には『ルパン三世 バビロンの黄金伝説』を監督。特撮ドラマ「美少女仮面ポワトリン」の神様役など俳優としても印象的な役どころを務めた。

 ジャンルを超越した演出と独特の映像センスで世界中の映画ファンを魅了。アカデミー賞歴代最多ノミネートを果たした『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル監督は来日の際、同作に鈴木監督の『東京流れ者』へのオマージュが込められていると明かしている。

 親族によると「故人の遺志により、ご弔問、ご供花、ご香典の儀は固くご辞退申し上げます」とのこと。偲ぶ会などについても、故人の生前の強い遺志により予定されていない。(編集部・入倉功一)