明治の「悪習五条の禁」で 東京で禁止された風俗とは?

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江戸という時代は、明治近代政権によって「全否定」された。
私たちは学校の教科書で、「明治の文明開化により日本の近代化が始まった」と教えられてきたが、はたして本当にそうなのか?
ベストセラー『明治維新という過ち』が話題の原田伊織氏は、これまで「明治維新とは民族としての過ちではなかったか」と問いかけてきた。
そして、今回さらに踏み込み、「2020年東京オリンピック以降のグランドデザインは江戸にある」と断言する。
『三流の維新 一流の江戸』が話題の著者に、「明治新政府の裏側」を聞いた。

「悪習五条の禁」とは

 違式かい違条例に先立って、東京府は「悪習五条の禁」といわれる布令を出している。
 野蛮な五つの風俗を「悪習」として禁止するというものである。
 この条項や精神は違式かい違条例に包含されていくのだが、これは典型的な風俗規制であった。

 その五条の禁とは、以下の風習、行為であった。
・裸体などで往来に出ること
・男女入込洗場(男女混浴)
・春画売買
・陰茎模型売買
・入墨(いれずみ)

 このような動きだけを観察して、江戸期にはこれらが認められていたかのような錯覚を生む言い方をする向きもあるが、それは注意すべきであろう。

 範囲の微妙な「裸体」の問題は別にして、今でいう「猥褻(わいせつ)」に当たる行為は、江戸期に於いても「町触(まちぶ)れ」などを通して禁止はされていたのだ。

 平成の今を考えてみれば分かることである。
 猥褻に当たる行為は、法令で禁止されており、該当する幾つかの法令に反したとして逮捕されたなどという報道に接することは日常茶飯事ではないか。

 一方で、猥褻な動画を観ることは容易であり、“大人のおもちゃ”を通販で購入することも簡単である。
 つまり、法令が存在したとしても、ほとんどのケースはどこかに“言い訳”が施されているものだ。

 或いは、“言い訳”の施しようによっては取り締まる側がその気になればいつでも摘発できるというのが実情であろう。

 この種の“犯罪”や軽犯罪といわれるものを法令に照らして厳格に摘発しようとすれば、取り締まる側の物理的キャパシティを大幅に増強しない限り無理であって、そこで、時に予定を組んで「一斉取締り」を実施したりすることになる。
 交通違反の一斉取締りなども、全く同様である。

 現代では稀に“別件逮捕”に利用されることもあるが、要するに風俗の取締りとは、法律と倫理観、道徳観の狭間にある事象を対象とすることになるといえるだろう。

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