ジョージ・ソロス氏 photo by Harald Dettenborn CC BY 3.0

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 米紙「ウォールストリート・ジャーナル」(電子版)は2月12日、著名投資家ジョージ・ソロス氏が、アメリカ大統領選挙でドナルド・トランプ氏勝利後の株式相場急騰を読み損ね、10億ドル(約1140億円)近い損失を出したと報じました。

 ジョージ・ソロス氏は、1992年のポンド危機に際して10億ドル以上の利益を得たことで、「イングランド銀行を潰した男」の異名を取る、伝説的な投資家として知られています。「フォーブス」の世界長者番付によれば、彼は2016年時点で、世界で23番目の資産家だそうです。

 トランプ相場は見誤ったものの、依然として世界有数の大富豪であり、そして、世界でもっとも影響のある投資家の一人として君臨するジョージ・ソロス氏。その成功の秘密を彼の伝記『ソロス』(マイケル・T・カウフマン/著 金子宣子/訳)から紐解いていきたいと思います。

◆成功の秘訣 .團鵐舛鬟船礇鵐垢吠僂┐

 1930年にハンガリーのブタペストのユダヤ人家系に生まれたソロス氏は、ナチス・ドイツの占領下を生き延び、1947年、17歳でイギリスに渡ります。そこでケンティッシュタウン科学技術専門大学に入学しますが、哲学や経済学を志向していた彼にとっては退屈で仕方なく、しかも貧乏だったために学費の確保にも苦しみ、おまけに女性にもまったくモテず、絶望の日々だったと述懐しています。

 そんな中、彼は当時イギリスでも指折りの開放的で国際的な学問府であったLSE(ロンドン・オブ・エコノミクス)に憧れを抱き、やがてケンティッシュタウン大学の講義をサボってLSEの講義をこっそり聴講するようになります。当時LSEの講義の中には、イギリス労働党の元中央委員長で名物教授だったハロルド・ラスキ教授のイギリス憲政史を始め、ソロス氏にとって刺激的な授業が多かったようです。

 ところが、そんなある日、LSEとケンティッシュタウン大学、両校で講義を持っていた教授に見つかって、LSEの講義を無断で受けていることを通報されてしまいます。そしてケンティッシュタウン大学の学長に呼ばれ、彼は放校されることになるのです。しかし、この危機に対してソロス氏はかえって一念発起します。彼はそれから猛勉強をして1949年、大学入学資格試験をパスし、今度は正式にLSEに入学を許されるのです。
 
 ただし、LSEに入学してからも貧困の問題は解決せず、いつも学費の捻出に苦労する中で彼は、ある日駅のポーターでアルバイト中、荷台に片足がはまり込んで片足を骨折してしまいます。

 ただでさえお金に困っていた彼はこのピンチに対して、労災や補償金の仕組みを調べ、公的機関からの労災補償と、ユダヤ人救援委員会という2つの機関から補償金の「二重取り」を企み、これに成功します。さらにはクエーカー教徒のある団体からも支援の申し出があり、これらの補償金・支援金により学費の問題を一気に解決したのです。ピンチをピンチのままとせず、むしろそれを利用してチャンスに変える、彼らしいエピソードと言えます。
◆成功の秘訣◆〕益を出しながら学ぶ仕組みを作る

 同校を卒業後、彼はアメリカに渡って、投資銀行に入ります。そしてヨーロッパ企業の動向を探って投資先を見つける、欧州株専門のアナリストとなった彼は徐々にその才能を開花させ始めます。

 彼は投資先企業の株自体よりも、その企業が保有している他社の株式などに目をつけるという独自の分析法で、ドレスナー銀行、アリアンツ保険など有望で割安な投資先を次々と発掘し、大成功をおさめます。

 しかし、1963年、ケネディ大統領が外国証券の取引に課税する法案を議会に提出すると、欧州株はその価値が急激に下がり、ソロス氏はアンフォールド&S・ブレイシュローダー社で閑職へと追いやられます。そして2年の間、自身の大好きな哲学の研究などをして過ごしたそうです。