連載・佐藤信夫コーチの「教え、教えられ」(5)

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 選手として、そして指導者として長年にわたり日本のフィギュアスケート界を牽引し、国際スケート連盟の殿堂入りも果たしている佐藤信夫氏。コーチ歴50年。75歳になった現在も、毎日リンクに立ち、浅田真央らトップ選手から幅広い年齢の愛好者まで、フィギュアスケートを教え続けている。

 その佐藤コーチが、華やかに回るスピンという技について、一からひも解いてくれた。


1942年1月3日生まれ。現役時代は全日本選手権10連覇、60年スコーバレー五輪、64年インスブルック五輪に出場。その後コーチとなり、荒川静香、安藤美姫、村主枝章、小塚崇彦らを指導。現在、浅田真央のコーチを務める フィギュアスケートにとって、スピンという技はひとつの華です。

 フィギュアスケートを見る楽しみとは何か。答えは人それぞれですが、決まった時間内に音楽を振り当てて、その音楽をどう解釈して、どういう風に表現するかということは、やはり大きな要素だと思うのです。音が速くなっているときに、それに合わせてスピンをすれば、見ているほうは「ああ、いいプログラムだね」と思います。音楽を表現できたり、人の目をパッと切り替えたり、スピンにはいろいろな役目があると言えるのではないでしょうか。

 スピンの話をする前に、フィギュアスケートにとって必要不可欠な道具であるスケート靴について触れておこうと思います。フィギュアスケートの技は、スケート靴の進化を抜きには語れないからです。

 スケート靴の原型は、靴の下に金属の刃だけをひもで結んでくっつけたものでした。そんな簡素な道具から、現在のように靴と刃が一体化したスケート靴ができたのは1850年のことです。アメリカ人のE・W・ブシュネルという人が靴底から下が鋼鉄製のスケート靴を作り、世界で初めて売り出しました。ブレードと靴とをきちんと留めて一体化したスケート靴が誕生したことで、様々な技ができるようになり、フィギュアスケートはその後、爆発的な人気が出てきたと言われています。

 ただ、そんなスケート靴が開発されても、現在のスケート靴とは道具の構造がやはり違っていました。だから当時のスケーターは、今からは考えられないような苦労をしたようです。

 例えは昔のブレードには、ギザギザのトゥピックが今よりも前方にありました。そのため、いったんバランスを崩したらツルンと抜けて前のめりになり、氷に顔をまともにぶつけることになります。スピンひとつをとっても、命がけの技だったと思います。

 今のスケート靴では、転倒する前に氷がトゥピックに引っかかるようになっています。だからスピンを習い始めて、最初にバックイン(バックワード・インサイドエッジ)で回るときでも、前に行き過ぎたらトゥピックのギザギザに引っかかるおかげで転ばないようになっています。

 このトゥピックのギザギザは、フィギュアスケートの技をするうえで非常に重要なものです。ジャンプを跳ぶときもそれを利用しています。アクセルジャンプはトゥピックで氷を引っ掛けた勢いで、スピードを利用して前方に跳んでいきます。大急ぎで歩いていて、足が何かに引っかかったら体が前に飛んでいくようになるでしょう。あの状態で空中でクルッと回れば、アクセルになるわけです。

 現在のスケート靴が生まれたことで、フィギュアスケートの可能性は広がった。それぐらい道具の改良というのは大きいのです。
 
 それではスピンについて、です。フィギュアスケートの原理というのは物理ですから、その観点からスピンの基本についてお話しします。

 スケートというのは、右か左かに体全体で傾斜をつけますと、自然と動くようになっています。10円玉を転がすと、必ず右か左に傾きます。傾いた方向に10円玉は回ります。一般的にスピンは圧倒的に左回りのスケーターが多いのですが、10円玉が左に回っていく姿を頭に入れておいてください。

 大きな円を描きながら回っていても、そのままじっとしていれば摩擦抵抗でスピードが落ちてきます。傾斜が変わらなければ、円の半径が小さくなり、渦巻きの形のように動くことになります。ルーレット盤に球を入れると、回転力がある間は端の高いところに留まっていますが、回転力が遅くなってくると、やがて重力のほうが勝って球はコロコロ転がり始めるのと同じことです。

 スピンの基本動作というのは、グルグルと蚊取り線香の中心の軸に向かっていき、ターンをして前向きから後ろ向きに変わり、そこで左回りの小さな円を描くことです。

 そしてスピンの回転スピードを上げていきます。身体のセンターをしっかり出して、両腕を左右に開いてバランスが取れたら、あとは手と足を少しずつ内側に締めてあげると、嫌でも回転は速くなります。手足をギューッと締めてあげれば、だんだん円が小さくなっていきます。小さくなってくると、1回転するスピードが変わってくる。滑っているスピードは一緒だけど、軸を細くすれば回転スピードが上がる。それがスピンの真髄です。

 たとえ話をすると、振り子がコチッ、コチッと左右に動く柱時計があるじゃないですか。あの時計の時間調整をどうやってやるのか、ご存じですか? 「時計が遅れるんですけど」と言えば、時計屋さんはその振り子を少し短くします。そうすると振り子はカチカチと、速く動くようになります。逆に「進みすぎなんですけど」と言えば、振り子を長めに調整してゆっくり動くようにします。振り子を短くすれば動きが速くなるということは、氷上で水平に広げた左右の指先から指先までの距離を短くしてあげれば、体の回転は速くなるということです。

 スピンは基本的に、どんな方でも普通にできる技なんです。ジャンプは、やはりジャンプ力など、ある程度の運動能力がないとできない。だけどスピンは、どんな人も目をつぶらない限り平衡感覚があるじゃないですか。だからどんな人でも回れるようになります。

 しかし一方で、スピンは習得するのが大変なんです。ジャンプは、ものすごく跳ぶ力があり、ものすごく器用で運動神経に秀でている人だったら、教えたその日のうちに簡単なものだったら成功させてしまうでしょう。スピンの場合、そんな人はいないんです。ある程度の時間をかけて練習して、練習して、練習していくうちに、だんだんと体がバランスを覚え、体に伝わってくる感覚をコントロールすることによって、思い通りのスピンができるようになる。

 だから、誰にでもできるけれども、あるレベルから上へは、それなりの時間数を超えない限りはどうやってもいくことができない。取り組み始めはたやすくても、それを極めるには難しい技と言えるでしょう。

 そして1回、スピンの基本技を覚えると、もうその感覚を忘れることはありません。広げた両腕を絞るとビューッと回転が速くなっていって、自分でも「おー、すごいすごいすごい」と思うんです。その喜びはフィギュアスケートの魅力のひとつです。

 ただし、初めてスピンをする人で目が回らない人はいないですね。気分が悪くなってトイレにかけこむ人もいます。本当にすぐに気分が悪くなります。

 レイバックスピンとかフライングキャメルとかをやれば、血液が全部、体の先端へ飛んでいくわけですから、頭がカーッとして、ムカムカとなるのは仕方がなく、誰しもが経験することです。目が回ることに慣れることで、スピンという技が完成形となるんです。目は回るんだけど、その中でのバランスの取り方を体が知っていくということです。

 僕が選手時代にスピンをしたら、着ていた半袖の白い下着のシャツに、赤い点々がついていることがありました。何だろうと思ったら、毛細管からにじんで出てきた血液でした。そういう経験を何度かしています。

 ちょっとスピンがうまくいかないとか、体調がよくないというときは、指がむくむこともありました。スピンをすることで遠心力が働き、血液が指の先端に飛んでいくわけですから、指が腫れていくんです。先端に飛んだ血液は本来なら戻ってくるものですが、戻る時間を与えないでグルグル回っていると、そこで渋滞してしまうんです。スケーターなら、みんな経験があるんじゃないですか。

 遠心力やめまいとの勝負はありますが、しっかりと体幹を強化した身体を作れば、スピンを何歳からやっても大丈夫だと思います。ただ、一点だけ気をつけないといけないことがあります。


 もう20年以上も前、ビールマンスピンの本家本元、デニス・ビールマンが僕のところに直接言いに来たことがあるんです。「ミスター佐藤、このビールマンスピンはたくさんやらせちゃダメよ。絶対腰を痛めるのよ。私がそうなんだから」と。思わず笑ってしまいました。その忠告を肝に銘じて、初心者の子には必ず「ビールマンスピンをやって腰痛になることだけは気を付けなさいよ」と、ひと言、付け加えるようにしています。

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