それはショッキングな独白だった。

「今のままでは通用しないことはわかりきっている」

 昨年の12月、田中正義(創価大→ソフトバンク1位)は客観的な事実を述べるかのように、淡々とプロでの展望を語っていた。


昨年のドラフトで5球団競合の末、ソフトバンクに入団した田中正義 昨秋のドラフト会議で5球団から重複1位指名を受けた大物の言葉としては、少し弱気に聞こえるかもしれない。だが裏を返せば、それだけ自分のことを客観視できているとも取れる。

 今春のソフトバンクキャンプでは、そんな田中についての「不安」なニュースが連日報道されている。

「ストレートと変化球で腕の振りが違う」「バント処理の送球が不安定」……などなど。一軍での活躍が期待される投手としては、どれも致命的な弱点のように思える。だが、これらの不安要素を田中はプロ入り前から口にしていた。さらに言えば、今後実戦形式での登板が増えてくるにつれて「クイックモーションが遅い」という指摘が噴出するだろう。だが、それも本人にしてみれば、すべて想定内の事態に違いない。

 筆者がソフトバンクキャンプを訪れた第2クール、田中はブルペンでもがいていた。ボールが抜けたり、引っかかったりと球筋が安定せず、ブルペン捕手に「すいません」と謝るシーンが何度も繰り返された。

 自分の理想の投球とはまるでかけ離れた内容だったはずだ。並のルーキーならば「今日は最悪でした」「バラバラでした」などとコメントしそうなもの。だが、ブルペンを出た田中は「何球かいいボールがありました。後半は良かったんじゃないですか」と手応えを口にした。その言葉はとても虚勢を張っているようには聞こえなかった。田中本人にとっては、ある程度「通過点」という割り切りがあるのだろう。

 ソフトバンクの高村祐コーチは言う。

「ブルペンではいい角度で球が来ていますし、ボールの強さもあると思います。ただ、まだ本人も仕上がっていないと言っていますし、これからでしょう。(課題の)フィールディングについては、まだ何ができて何ができないのか、見極めている段階です」

 まずはスローペースで船出した、ドラフトの目玉のプロ1年目。だが、「5球団が重複1位指名した大卒ルーキーなのに……」と田中の現状を不満に思うファンもいるはずだ。田中のドラフト時の評価を疑う声があってもおかしくはない。「本当に5球団が指名するほどの価値がある投手なのか?」と。

 田中正義の名前が中央球界で知れ渡ったのは、大学2年の6月のことだった。大学選手権で最速154キロをマーク。あの百戦錬磨の亜細亜大打線が、「ストレートが来る」とわかってスイングしているのに当たらない。当時、このボールを見た誰もが「モノが違う」と認識したはずだ。

 150キロ台のスピードボールを投げる投手はアマチュア球界にも年々増えている。だが、田中のストレートは「強さ」が違う。ホームベース付近でも、まるでリリース直後のような爆発力を保ったまま捕手のミットを激しく叩く。18.44メートルをこんなにも短く感じさせる投手はなかなかいないだろう。チームの大先輩・斉藤和巳(元ソフトバンク)の全盛期を思わせるような、迫力満点のボールを持っている。

 田中の名前をさらに売ったのは、大学3年時のユニバーシアード日本代表壮行試合だった。田中は侍ジャパン大学代表として登板し、ファームの若手主体で編成されたNPB選抜から7者連続三振を奪うなど、4イニングをパーフェクトに抑え込んだ。

 この投球で田中の評価は不動のものとなった感がある。だが、田中はこの試合のことを「困ってしまったんですよ」と振り返る。

「あの試合は真っすぐしか投げるボールがありませんでした。打たれてもいいので真っすぐを投げていたのですが、プロはストライクゾーンが狭いじゃないですか。あの試合は大学野球のストライクゾーンだったので、アウトローのボールに対して『え?』という感じで見逃し三振するバッターもいた。だから『このピッチングを”実力”にされたら困るな』と思っていました」

 実際にはスライダー、フォーク、カーブといった変化球でも三振を奪っていたし、ストライクゾーンも「プロならボール」という球は数球程度だったように思える。ファームの選手中心だったとはいえ、プロが田中のボールに圧倒されていたのは間違いない。それでも、田中本人にとっては「実力にされたら困る」という自己評価だった。

 田中正義は限りなく理想の高い投手だ。自分の理想像に近づくために栄養摂取から妥協することはなく、痛めていた肩周辺のケアや強化にも余念がない。理想が高いがゆえに自己評価が低いようにも見える。

 それでも、田中は「自分がどんな存在になれるのか」を本能的に知っているのではないか。ドラフト会議で指名された直後、田中は記者会見でこう述べている。

「田中が先発だから球場に行こう、と言われる投手になりたい」

 このコメントに、田中がいかにプロ野球をエンターテインメントとして認識しているかが伝わってくる。何勝したい、何キロ出したいという次元ではない。勝ち負けを超越して、観衆に「見に来てよかった」と思わせるような存在こそ、本物のスターと言えるだろう。田中は自分がそんな存在になりうることを知っているのではないか。

 田中にそう直接聞いてみると、苦笑混じりにこんな答えが返ってきた。

「どこかで自信があるんでしょうね。まだプロで1球も投げていないくせに」

 だが、田中は今季すぐに自分がそんな存在になれるとは思っていない。それだけクリアすべきハードルがあることを自覚しているからだ。

「一番は真っすぐと変化球の腕の振りを一緒にすることですね。その上で、変化球のコントロールを高める。今のままプロに行けば、ボコボコにされるでしょう。あとは牽制球とかフィールディング。ランナーが一塁にいるか、二塁にいるかではえらい違いですから」

 そして、田中は付け加えるようにしてこうも言っていた。「上達する雰囲気、イメージはできています」と。

 ダルビッシュ有(レンジャーズ)や田中将大(ヤンキース)ら数々の名投手が成長していくさまを見守ってきた、ソフトバンクの佐藤義則コーチは田中の現状についてこう語る。

「今は上半身と下半身が噛み合っていない。フォークなんか抜けるような投げ方をしているよね。でも、今は本人には言わないでおこうと思っているんだ。今言っても、変に気にしてしまって余計に崩れるかもしれないからね。それでも、いい感じに噛み合うときもありますよ」

 まずは本人の意識と感覚に任せて、静観する。そんな方針が見て取れた。幸い、今のソフトバンクは先発投手陣の駒が揃っており、田中が今すぐ出てこないと困るようなチーム状況ではない。その意味でも、田中がソフトバンクという巨大戦力のチームに入団したことは幸運だったと言うべきだろう。

 大輪の花が咲くのはまだ先のことかもしれないが、田中正義という太くて強い幹は揺れず、ぶれずに今日もどっしりとそびえ立っている。

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