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受動喫煙に対する議論が加熱している。政府は現在、屋内での受動喫煙の防止対策を強化する法案を国会に提出する準備を進めている。しかしこの法案に対し、「飲食店の経営が立ち行かなくなる」「オリンピックを意識しているなら東京だけでやればいい」などの反対意見が続出した。その結果、「30平方メートル以下」のバーなどの飲食店には例外を設けた妥協案が検討されている。

はたして受動喫煙はどれくらい周囲の人の健康に悪影響があるのだろうか。また、飲食店での喫煙を全面禁止すると、飲食店の売上は下がってしまうのだろうか。『「原因と結果」の経済学』の著者である中室牧子氏、津川友介氏によれば、「受動喫煙を防止する対策を強化すると、人々の健康状態はよくなり、また飲食店の売上に影響がないというはっきりしたエビデンスがある」という。詳細を聞いた。

そもそも受動喫煙と健康のあいだに
因果関係はあるのか

 たばこは、吸っている本人だけでなく、周りの人にも健康被害をもたらす。吸っている本人が肺がん、肺気腫、心筋梗塞などの健康上の問題が起きることについては十分すぎるほどのエビデンスがある。

 また、たばこは吸っている本人だけでなく、喫煙者がはき出した煙や副流煙によって、周囲の人の健康にまで影響する可能性がある。いわゆる「受動喫煙」だ。

 受動喫煙を受けると不健康になるのか。これを明らかにすることはそう簡単ではない。多くの場合、受動喫煙は一緒に暮らしている家族にとっていちばん深刻だろうが、健康への意識が高くてタバコが嫌いな人は、そもそも喫煙者と一緒に暮らす可能性が低いかもしれない。

 これを明らかにするためには、「受動喫煙」と「健康」のあいだには「因果関係」があるのか、それとも「相関関係」にすぎないのかをよく考える必要がある。つまり「受動喫煙によって健康を害したのか」(因果関係)、それとも「健康に対する意識が低い人ほど喫煙者と一緒に生活している」(相関関係)だけなのか、どちらなのだろうか。

因果関係……2つのことがらのうち、片方が原因となって、もう片方が結果として生じる関係のこと。「受動喫煙」と「健康」のあいだに因果関係がある場合、受動喫煙によって健康が損なわれる、と言える。
相関関係……一見すると片方につられてもう片方も変化しているように見えるものの、実は原因と結果の関係にない関係のこと。「受動喫煙」と「健康」の関係が相関関係にすぎない場合、たばこを吸わない人が受動喫煙を受ける環境に長時間いても、それによって健康被害を受けることはない。

「規制の違い」を利用すれば
因果関係を明らかにできる

 そこで、アルゼンチンのデータを用いた研究を紹介しよう。2005年に世界保健機関(WHO)のたばこ規制枠組条約」を批准して以降、アルゼンチンでは急速にたばこ規制が強化された。しかし、地方分権が進み、国よりも州のほうが政治や財政面での自治権が大きいアルゼンチンでは、たばこ規制への対応も州によってばらつきがあった。

 たとえば、アルゼンチン北部に位置するサンタフェ州は、2006年8月から公共の場所では完全に禁煙とする厳しい規制を導入した。たばこを吸った人や、それを知りながらやめさせなかったレストランやバーを通報するホットラインまでもが設けられた。

 規制に違反すると、喫煙者当人のみならず、黙認した店舗も罰金を支払わなくてはならない。さらに、最終的に店舗は閉鎖に追い込まれるという極めて厳しい措置が取られた。

 一方、同じ時期、アルゼンチンの首都であるブエノスアイレス市は、レストランやバーに換気装置を設置すれば喫煙してもよいという緩い規制を導入した。

 アルゼンチン保健省の研究者らは、この状況を利用して「受動喫煙」と「健康」のあいだの関係を明らかにしようとした。規制の厳しいサンタフェ州(「介入群」と呼ぶ)と緩いブエノスアイレス市(「対照群」と呼ぶ)を比較しようと考えたのである。

 喫煙に対する規制の厳しいサンタフェ州の住民(介入群)と、規制の緩いブエノスアイレス市の住民(対照群)は、「制度の変更」という偶然の要素によってたまたま分かれたと考えられる。つまり、あたかも「喫煙に対する規制を厳しくするかどうかをランダムに割り付けられた」(「ランダム化比較試験。第3回 を参照」のと同じ状態だと考えられる。

 喫煙に対する厳しい規制を受けるかどうかを本人の意思で決められなかったのだから、介入群と対照群のあいだで、喫煙に影響を与えそうなほかの要素が似たもの同士になる。つまり、両者は「比較可能」になるのである。

 介入群と対照群が「比較可能」な状態ということは、この2つのグループの違いは「喫煙に対する厳しい規制を受ける」かどうかだけ、ということになる。この状態で、健康状態を比較すれば、「喫煙」と「健康」の関係を明らかにすることができるというわけである。

 この研究が示した結果は実に興味深い。2つの地域では規制が導入された後も喫煙率は変化しなかったことが示された。喫煙者は規制が導入されたとしても、たばこを吸うのをやめなかったのである。

 それにもかかわらず、厳しい規制を導入したサンタフェ州(介入群)では心筋梗塞による入院患者がブエノスアイレス市よりも13%も低くなった(図表1)。つまり、たばこを吸っていた当人ではなく、受動喫煙を強いられていた人々の健康状態が改善したと考えられる。

受動喫煙を防止すると
飲食店の売上は減るのか

 しかし、このような反論が聞こえてきそうだ。「あまりに喫煙に対する規制を強くすると、バーやレストランでの売上が減り、地域の経済に悪影響を与えてしまうのではないか」と。経済に悪影響を与えるのであれば、喫煙に対する規制をとにかく強化すればよい、ということにはならないのかもしれない。

 実はアルゼンチンの研究は、健康面だけでなく、「喫煙」と「地域の経済」のあいだの関係も明らかにしている。規制の厳しいサンタフェ州(介入群)と緩いブエノスアイレス市(対照群)のレストランやバーの売上を比較したその後の研究では、2つの地域の売上に統計的に有意な差がなかったことが示されている(「有意な差がなかった」というのは、その差が偶然による誤差の範囲で説明できてしまうということだ)。

 アメリカでも複数の州や都市で同様の規制が導入されており、メキシコシティでも2008年に同様の規制が導入されている。そして過去の研究より、それらの規制はレストランやバーの売上だけではなく、ホテルや施工業界の売上にも影響を与えないことが明らかになっている(ブエノスアイレスやアメリカの複数の都市では飲食店の全面禁煙によって逆に店の売上が増加したことが示唆されている)。さらには、39個の研究を統合したメタアナリシスでも、飲食店の完全禁煙化は店の売上に悪影響を与えないことが明らかになっている。

 日本は受動喫煙を防止する規制や対策が十分ではない国として知られるが、この研究から、ブエノスアイレス市のように部分的な受動喫煙防止策では、たばこを吸わない人々を受動喫煙の被害から守るだけの十分な効果が得られないことがわかる。

 日本人を対象にした研究ではないのだから結果は違うはずだ、という反論もあるかもしれない。しかし、アメリカの複数の都市や州、メキシコシティ、アルゼンチンなど世界中の複数の地域において同じような「因果関係」が明らかになっているものの、日本だけ何の根拠もなく違うという主張をするのには無理があるだろう。

 日本だけは違うと主張するのであれば、違うというエビデンスが必要である。日本発のエビデンスが明らかにされるまでは、飲食店の全面禁煙は日本人の健康は改善させ、飲食店の売上に悪影響を与えないと考えるのが日本にとって最良の政策だと言えるのではないだろうか。

 次回は、日本人を対象にした、受動喫煙に関する研究も紹介する(2/24公開予定)。

参考文献
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Gonzalez-Rozada, M., Molinari, M. and Virgolini, M. (2008) The Economic Impact of Smoke-free Laws on Sales in Bars and Restaurants in Argentina, CVD Prevention and Control, 3 (4), 197-203.
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