「Thinkstock」より

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 昨年10月、横浜市で児童の列に軽トラックが突っ込み、小学1年生の男の子1人が死亡したほか、7人が重軽傷を負った事故で、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)容疑で逮捕されていた88歳の男性が2月16日、処分保留で釈放された。

 横浜地方検察庁は、男性に認知症の疑いがあるとして、事故の発生を予見できなかった可能性があると判断した。捜査当局は、不起訴処分を視野に入れつつ、今後も在宅での捜査を続けるというが、被害者や遺族は心中穏やかではないだろう。

 内閣府大臣官房政府広報室調査によると、80歳以上においても4割近くは免許証を所有し続け、2割近くはほぼ毎日運転しているという。また、高齢者が第1当事者として交通事故に関与する割合は増加傾向にある。このような社会環境に鑑みると、今後も高齢者による交通事故に巻き込まれる人も増えてくると考えられる。だが、事故を起こした人が認知症と判断されれば、一切の責任を問うことはできなくなるのだろうか。

 弁護士法人ALG&Associates執行役員・弁護士の山岸純氏に解説してもらった。

――今回の事故に関して、事故を起こした男性には刑事処分はまったく科されないのでしょうか。

山岸純氏(以下、山岸) 検察が3カ月かけて「鑑定」を行った結果、刑事責任を問えない(心神喪失、または心神耗弱)と判断したわけですが、そもそも「刑罰」とは、昔から「刑事政策」という学問によって生命や身体に苦痛を与えて(命を奪う、自由を奪う)、これにより罪の「反省」を促すものとされています。

 そのため、認知症などで、「罪の苦痛」の意味がわからない者に「刑罰」を与えても意味がないということが考えられます。

 すなわち、「刑罰」とは、犯人に懲役刑を与えることで被害者の「被害感情」を緩和する、納得させる、溜飲させる、という効果を狙うものではなく、その犯人自体への効果を目的とするものなのです。

 今回も、「罪の意識」がないのであれば、「罪の苦痛」を与えても意味がないという点において、「刑事政策」的には正しい判断なのかもしれません。もちろん、一人の人間としては、決してそうは思いませんが。

●被害者や遺族への補償は

――損害賠償や慰謝料など、民事的に責任を問うことはできるのでしょうか

山岸 民事的な損害賠償については、以下の713条のように、認知症であれば本人は損害賠償責任を追わない場合もあります。もっとも、その場合は714条により、その人を監督する者(家族、介護者など)が代わりに責任を負います。

(責任能力)
第七百十三条  精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。

(責任無能力者の監督義務者等の責任)
 第七百十四条  前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。

――被害者感情を考慮すると、無処罰というのは納得いかない気もしますが、被害者や遺族には、犯罪被害給付金などによって補償はされるのでしょうか

山岸 犯罪被害給付金は、あくまで「故意(殺人、強盗、窃盗、強姦など)」による犯罪に対して適用されるものなので、残念ですが一般的な交通事故には適用されません。

――処分保留となっても、再鑑定などで責任能力があると証明されれば、あらためて起訴される可能性はあるのでしょうか

山岸 再鑑定は、世論が高まり捜査関係者を動かすなど、よっぽどのことがない限り行われません。

――ありがとうございました。

 このように、現状は、認知症患者によって事故が引き起こされた場合、加害者は処罰されず、被害者や遺族は補償されない。増加する高齢ドライバーの事故防止策の構築と共に、被害者を救済する法整備も急務といえる。
(文=編集部、協力=山岸純/弁護士法人ALG&Associates執行役員・弁護士)