ベルリン、テクノの大聖堂、ベルクハインのエントランスに描かれたグラフィティ

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世界のクラブカルチャーの頂点がベルリンのBerghain(ベルクハイン)です。旧東ベルリン発電所のタービンホールをダンスフロアに変え、夜間経済やテクノツーリズムを牽引します。そのクラブはまた、クリエイティブ経済やスタートアップを育む場なのです。欧州の3大クラブカルチャー都市、アムステルダム、ロンドン、そしてベルリンの今をレポートします。

クラブカルチャーの原点、アムステルダム

 1967年、アムステルダムのヴレイエ・ゲメエンテ教会(Vrije Gemeente)を当時のヒッピーたちが占拠(スクワット)し、ボトムアップの音楽空間が誕生します。このクラブはParadiso(パラディソ)と呼ばれ、現在もライブハウスとして世界のミュージシャンを魅了する栄光の歴史の原点でした。後にRoXYやClub 11、最近ではTrouw(*1)からDe Schoolと受け継がれてきた絶えざる革新が、アムステルダムのクラブカルチャー遺伝子なのです。

 かつてのデトロイト、NYと並び、アムステルダムはテクノ音楽の中心地でした。2009年から2015年までの間、世界のクラブカルチャーを牽引してきたTrouwは、ダンスフロアだけでなく、アートギャラリーやレストランを併設した複合展開により、現代のライフスタイルが求めるクラブの刷新を先導したのです。

 ここで言う「クラブ」とは、多彩なDJが生み出す音楽(テクノ、ハウス、EDMなど)とそれを支える優れた音響システムを持ち、制御可能な照明と100人程度の小箱から1500人以上を許容する大規模なダンス空間、アルコール販売が可能な夜間営業ライセンスを持つ社交空間のことです。

 オランダでは、多くの都市にナイト・メイヤー(夜の市長)と呼ぶ存在がいます。アムステルダム市長を筆頭に、夜間のエンターテインメント・コミュニティのために尽力する民間のメンバーは、夜間経済に関わる行政機関との健全な関係を構築します。夜間市場に生じるさまざまな問題がエスカレートする前に課題を調整し、地方自治体や警察の貴重な時間と費用を節約するのです。クラブが都市の経済活動の主要な拠点であるという認識は、欧州の共通の理解にまでなっています。

*1 アムステルダム東部のWibautstraatにあったTrouwは、元新聞印刷工場を活用した複合施設。クラブオーナーでありDJでもあるOlaf Boswijkによって創設された。Trouwは食、音楽、アートを融合し、アムステルダム市から24時間ライセンスを取得した最初のクラブだった。BoswijkはTrouwの後、新たなクラブDe Schoolを創設した。

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