冨樫義博の『HUNTER×HUNTER』が休載されてから30週目。今回は単行本30巻を振り返る。


30巻はこんな話


原爆に被曝した衝撃で記憶を失っていた蟻の王・メルエム。これまで最強と自負していながら、唯一勝てなかった相手・コムギの存在を思い出す。しかし、被曝した体はもう長くは持ちそうにない。
「残された時間をコムギと過ごしたい」
最期の時が近いことを悟りながらも、メルエムはコムギの元に向かっていくのであった。

当初は遊び感覚でやっていた軍儀だったが…


キメラ=アント編当初はやることもなく、ヒマでヒマでしょうがなかったメルエム。将棋、囲碁、チェスなどの盤上競技の世界チャンピオンを拉致して、打ち負かす遊びに興じていた。ルールを覚えて数局で勝ってしまうため、チャンピオンたちは、あまりの恐ろしさに自殺したり、王の怒りに触れて殺されたりと、みんないなくなっていく。
そして遊びの締めくくりとして選ばれた盤上競技が軍儀である。プフによると、駒を3枚まで重ねることができ、開始時の駒配置も自陣地内なら自由であり、立体的な視点が必要となる競技であるらしい。
現れた世界チャンピオンはコムギ。鼻水を垂らす盲目の少女だ。
ルールブックを読んで、対局を繰り返すうちにモリモリと実力をつけていくメルエム。しかし、コムギも同様にパワーアップを重ねていったため、メルエムはなかなか勝つことができないのである。

濃厚な残酷描写が多いバトルの合間に繰り広げられた王と田舎娘のラブコメディ


ハンター協会会長に楽勝できる武力を持ち、わずか数局の経験でたくさんの盤上競技チャンピオンを倒す頭脳を持ち合わせる蟻の王・メルエム。言うことを聞かないやつはすぐに殺し、最強である自負から他人を見下す男。
一方のコムギは、農業を営む12人家族のもとに生まれ、多額の報奨金で家族を養っている少女。軍儀以外のことは何もできないため、自分が負けたら家族にとってゴミ同然の存在に成り下がるため、王座が陥落したら死ぬ覚悟でいる。「お主が勝ったら何が欲しい?」という問いかけにも「もう一局お願いいたすます!!」と答えるほどの軍儀に夢中。
身だしなみには気を使わず、王の前で、鼻水とヨダレをダラダラに垂らしてうたた寝をしていたこともあった。
「不細工な……知性・品性の欠片も感じられぬ」
と嫌悪感を露わにされていた。
しかし、対局を重ねていくうちに、傍若無人だったメルエムは、周囲の話を聞くようになり、大切な人を守る強さと優しさを身につけるようになる。コムギは王の名前を聞いた時以来、会話の中で顔を赤らめたりするようにもなった。
それぞれに問題のある男と女が出会い、お互いに影響を受けて成長していくのはラブコメディではよくある話。完全無欠なオレ様キャラが徐々に丸くなっていったメルエムは、成長の過程を見ると『花より男子』の道明寺司タイプ。コムギはキャラ的には最後まで変わらなかった(でも軍儀は強くなった)。天然キャラでありながらひたむきさと頑固さを持ち合わせているので、何かしらのラブコメ主人公に近いんだろう(牧野つくし的要素が1mmくらいは……、ないか)。
物語終盤、箱の中に隠されて居眠りを続けるコムギは夢の中でも軍儀を続け、記憶喪失になったメルエムも、曖昧な記憶ながら「まだ勝っていないやつがいるような…」と軍儀やコムギのことを思い出そうとしていた。
「もう一度対局を」
2人とも同じことを考えていた。

新手→逆新手→逆新手返しで見つけたメルエムの生きる意味


作中で描写された最後の2人の対局。ここで、コムギが仕掛けた孤狐狸固をメルエムが定石どおりに返し、コムギ新手→メルエム逆新手。
最高の一手を打ちあえる喜びに涙を流すコムギ。
そして、メルエムはカミングアウト。もう自分の命は毒におかされて長くないこと、この毒は近くにいる人間に感染すること、最期の時間をコムギと打って過ごしたかったこと。彼なりの別れの挨拶だったんだろう。
コムギは、この返事を逆新手返しで応じる。

ワダすはきっと
…そうか 余は

この日のために生まれて来ますた…!
この瞬間のために生まれて来たのだ…!!

2人は、手を握り合って残された時間を過ごしていく。
戸愚呂・弟しかりメルエムしかり、冨樫の描く巨悪の最後の表情が普段とのギャップがありすぎる。ビックリして涙が出る。
(山川悠)

参考→『HUNTER×HUNTER』再開を待ちながら1巻から読んでみる