きょう乃木坂46から卒業。橋本奈々未が考える「幸せ」

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「大丈夫じゃないことは人生になかなか起こらない」
乃木坂46の橋本奈々未が、グループのキャプテンである桜井玲香とのトークでそんなことを口にした(2月18日放送のNHK・BSプレミアム「乃木坂46SHOW」)。ちょうどここしばらく、仕事で綱渡りのスケジュールをこなしている私には、胸にしみる言葉だった。きっと彼女は、これまでにもグループのさまざまな局面で、そんなふうにメンバーを励ましてきたに違いない。

その橋本が24歳の誕生日を迎えたきょう、さいたまスーパーアリーナで開催されるコンサートをもってグループを卒業、芸能界からも引退する。

橋本は5年半前、乃木坂46の結成とともにデビューして以来、グループのフロントメンバーとして活躍してきた。北海道旭川市から上京して美大に入学し、経済的に困っていたころ、乃木坂46の一期生の募集を知り、オーディションを受けたことは、ファンのあいだではよく知られる。


「お約束」とは一線を画す文学紀行


読書家でもある彼女は、昨年には、地元・北海道文化放送の「乃木坂46 橋本奈々未の恋する文学」というテレビ番組に出演した。2月〜3月に放送された「冬の旅」、10月〜12月に完結編として放送された「夏の旅」と二部構成となる同番組は、その後ノーカット完全版でDVD・BD化もされている。一部の回はフジテレビオンデマンドでも視聴可能だ(北海道以外の地域でも放送予定があるとか。くわしくはツイッターの公式アカウントを参照)。

以前より、俳優やモデルを案内役に、文学など芸術をとりあげた紀行番組は珍しくない。たいていは、作家の横顔を紹介しながら、そのゆかりの地をまわり、作品の世界に触れるというのがお約束のパターンだ。最近、友近がコントで、この手の番組で女優がさも作家の心を理解しているかのように振る舞い、その鼻につく感じをパロディにしていたのを思い出す。

しかし、「恋する文学」はそういうありきたりな番組とは一線を画す。ここでとりあげられるのは作家というよりはむしろ、作品を生んだ土地とそこに生きる人々だ。作品だけでなく、旅先で見たもの、出会った人たちから聞いた話などを通じて、橋本が何を感じたかが、この番組の最大のテーマである。

羊をめぐるハプニング


二部にわたる「恋する文学」のうち、「冬の旅」では、橋本の愛読書だという村上春樹の『ノルウェイの森』『羊をめぐる冒険』のほか、桜木紫乃『ラブレス』、渡辺淳一『阿寒に果つ』が、「夏の旅」では宮下奈都『羊と鋼の森』、渡辺淳一『花埋み』、桜木紫乃『蛇行する月』がそれぞれとりあげられている。

番組の初回となる「冬の旅」の『ノルウェイの森』の回では、橋本が出身地で、作品にも登場する旭川を久々に歩き、離れたからこそ気づいた故郷の風景のすばらしさを語る。さらに『羊をめぐる冒険』では前後編に分け、舞台となる「十二滝町」のモデルと噂される美深町を訪ねた。

美深では気鋭の写真家・岡田敦と対談し、そこでは、アイドルとして自分自身をどこまで出すかという話も出てきた。このとき彼女が「あまり自分をアピールしすぎても、アイドルとしては先が短くなってしまう気がする」と語っていたのが、いまとなっては意味深に思える。

岡田敦からはこのあと、最果ての地で撮影したいとの希望にも応じることになる。その撮影中、羊小屋でちょっとしたハプニングが起きた。羊が一斉に逃げ出したかと思うと、一頭だけ倒れて動かなくなってしまったのだ。その羊に対し橋本は、本気になって心配する。だが結果的に、それまでどう撮影するか迷っていた岡田が、このことをきっかけにシャッターを切り始めた。橋本の表情にもあきらかに変化が表れる。アイドルとも、モデルのときともまた違ったその姿に、思わず息を飲む。

橋本奈々未が語る「幸せ」


印象深いシーンとしてはまた、「夏の旅」の『羊と鋼の森』の回で、作品の舞台となったトムラウシを訪ねたときには地元の人とこんなやりとりがあった。

トムラウシは山にある集落で、小中学校しかないので、子供たちは義務教育を終えると、ここから離れなければならない。そこで橋本が出会った女性の一人も、いまは子供たちと別れて暮らしている。このとき、子供を育てるなかで色々と悩みながらも自分も親として成長するのかもしれないと言う女性に、橋本は自分と母親との関係について話しながら、一緒に涙する。こんなふうに他人の心にさりげなく寄り添うことは、なかなかできることではないだろう。

この番組でもっとも印象に残るのは、訪れた土地の人たちに橋本がじつに自然に声をかけたり、話を聞いたりしていることだ。

「冬の旅」の『ラブレス』の回では、同作の主人公がかつてにぎわいを見せた釧路のキャバレーで歌手をしていたことから、当地のキャバレーで実際にホステスとして勤めていた女性にも話を聞く。自分がけっして望んだわけではない職に就いた体験を語る女性に、橋本はじっと耳を傾ける。

また、「夏の旅」の『蛇行する月』の回では、食事で入ったラーメン屋のおばさんから、店を始めた経緯など身の上話を聞かせてもらう。それは思いがけず、『蛇行する月』の物語にも重なるものだった。


『ラブレス』『蛇行する月』はいずれも、人間の幸せとは何かというテーマをはらんだ作品である。ここから橋本も、旅をしながら、幸せについて思ったところを語っている。

『ラブレス』の回の終わりでは、「人生が幸せかそうでないかは、結局その人自身にしかわからない。それを評価するのは、自分のエゴなのかなと思う」といった意味の感想を述べた。さらに番組の最終回となる『蛇行する月』の後編では、彼女自身はどんなことに幸せを感じるか訊ねられるのだが……答えはぜひ、本編で確認していただきたい。

ちなみに橋本が卒業を発表したのは昨年10月、「夏の旅」が放送されたのはそのあとだった。ひょっとすると旅をしていた夏には、すでに心は固まっていたのかもしれない。そう考えると、番組の終わりで、船上から海に泳ぐアザラシを見つけてはしゃぐ彼女の顔が、じつに晴れ晴れとして見える。

それにしても、番組全編を通して視聴して、自分の思っていることを、的確な言葉できちんと伝える橋本の姿に、ただただ感心させられた。自分よりはるかに年下なのに、「何て大人なんだろう」と思うこともしばしだった。

橋本自身にしてみれば、それまで芸能界には興味がなかったというだけに、自分の居場所に戸惑うこともきっと少なくなかったに違いない。しかし、乃木坂46というグループは彼女のような人がいたからこそ、ここまで成長できたのだと、しみじみ思う。

卒業にあたり、幸せになってほしいと言いたいのはやまやまだけれども、当の橋本が言っていたとおり、幸せかそうでないかは人それぞれの気持ちの問題で、他人がとやかく言うのはやはりエゴなのではないか。

そこで代わりに、こんな言葉を、彼女へのはなむけとしたい。

どうか、体にだけは気をつけて。どこにいても元気でいてください!
(近藤正高)