40代の女性ふたりで2016年8月に東京・用賀にオープンした、スペイン・バスク料理レストラン「ランブロア」。

「夢は専業主婦だったんですけど、『どうやら、このままおひとり様みたい』と思った時、これまで積み上げてきたことを一つの形にしたくなって」そう話すのはシェフの磯部美木子(いそべ・みきこ)さん。

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そして、店のパートナーとして磯部さんを支えるのが、専属ソムリエの北澤信子(きたざわ・のぶこ)さんです。「今の働きかたは、まったくのノーストレス」そう言いきる北澤さんに、磯部さんと二人三脚で小さなレストランを開業するまでの道のりを聞きました。

北澤さん(左)と磯部さん(右)

<北澤さんが「やりたいこと」を見つけるまで>

26歳:スペイン旅行でフラメンコに出会って衝撃を受け、踊り始める
28歳:スペイン・グラナダにフラメンコとスペイン語遊学。帰国後、ワイン好きに
38歳:フラメンコをやめ、百貨店や飲食店でのワインの仕事に注力
40歳:通信販売酒類小売業免許を取得、個人事業主になる
46歳:東京・用賀にスペイン・バスク料理レストラン「ランブロア」を開業

きっかけはフラメンコ

北澤さんとスペインをつなげてくれた、最初のきっかけはフラメンコ。

「幼少より、エレクトーンやピアノ、ドラムを学んでいて、哀愁のあるフラメンコの音に魅せられました。本場スペインを感じたいと、旅行で現地のタブラオへ。すると今後は踊ってみたくなりました」

その旅で親切なスペイン人に大勢出会ったことも、スペイン好きになった理由の一つだったそう。

「言葉が通じない中、道に迷うと、目的地までわざわざ連れていってくれる人が多くて、なんていい国なんだろうと感激したんです。特にグラナダの寄木細工職人、エミリオは、フラメンコのお店に案内してくれた上に、お土産までくれて仲良しに」

帰国後は東京でフラメンコを習い始め、スペイン語の学習にも励む日々。1年半後には友人と2人で再びスペインに渡り、3ヵ月遊学します。

件のエミリオさんを訪ねると、大学の先生を呼んで1日2時間、プライベートのスペイン語レッスンを手配してくれたり、お嬢さんがフラメンコを教えてくれたり。その親切もあって、さらにスペインの魅力に取り憑かれたそうです。

ダンサーの道を諦めて、ワインの仕事に

日常的にワインを飲む習慣はなかったという北澤さんですが、遊学中にスペインワインが日常にある風景を目にしたことが、その後のキャリアへの入口となりました。

「朝から深夜まで開いているスペインバルで、老若男女が気軽に飲む様子を毎日見ているうちに、その習慣に馴染んでいったんです」

日本でもスペインに関わる仕事がしたいと、東京・月島の老舗レストラン「月島スペインクラブ」で働き始めた北澤さん。そこで改めてスペインワインの美味しさにハマっていきます。しばらくフラメンコを主に、レストランの仕事やワイン販売を掛け持ちする生活を続けることに。

「所属していたソムリエ派遣会社の社長から声をかけていただき、ワインに傾倒していきました。そのうち踊りを練習する時間もなくなり、最終的にフラメンコはやめました。決心するまで長い時間がかかりましたが」

資格を取得して40歳で独立

37歳で新宿伊勢丹「グランドカーヴ」のドイツワイン担当に配属された北澤さん。

努力家ぶりを発揮し、ワインアドバイザーにドイツワインケナー、ベネンシアドール、JSソムリエなど多数の資格を取得していきます。ドイツワイン上級ケナー試験では最優秀成績賞を受賞、ドイツのワイナリーに招待されたそうです。

40歳でソムリエ派遣会社を辞め、酒飯免許も取得。ワインの委託販売とサービス業を行う個人事業「NEKTAL(ネクタル)」を立ち上げます。フリーランサーとして都内の百貨店やワインイベントの仕事をしつつ、スペイン業界に携わり続けたいと、あちこちのレストランでも働きました。

特に、当時恵比寿にあった「ティオ・ダンジョウ」は週2、3日ながら約13年も勤務。現在の店「ランブロア」でコンビを組むことになる磯部さんと出会ったのは、この店でした。

横浜の実家から通っていた北澤さんは、仕事ついでに飲みすぎてしまった日などは、店の近くに住んでいた磯部さんの家によく泊まりに行っていたそう。

その後「ティオ・ダンジョウ」移転が決まった際、磯部さんの方から「ふたりで一緒に店をやろう」と誘います。でも、北澤さんの心配は尽きなかったよう。

「磯部とだったらきっと面白いことができると思いました。でも、女性が深夜まで開ける飲食店を経営するには覚悟が必要です。彼女には結婚や出産の可能性もまだありました。オーナーとして本当にその決心があるのか。3年の準備期間に何度も本気なのかと疑い、『やめてもいいよ』と伝えていました」

夢みた形でもない、ラクでもない、でもノーストレス

バスク料理店をオープンしようと決めてから、改めてフランスとスペインにまたがるバスク地方を訪れた北澤さん。

「どんな料理にどんなワインを合わせているのか知りたくて。でも、意外とみんな勝手に好きなものを飲んでいました(笑)。一方でバスク特有の微発泡白ワイン“チャコリ”は、産地によって味が違うことに気づいて驚きました。ランブロアでもグラスで出しています」

スペインワインの魅力を尋ねてみると、「果実味が強く、飲みやすい。『赤は飲めない』と思っていた人でも飲めることもあるので、ぜひ試してほしですね」とのこと。

長年、夢みた形ではないかもしれない、ラクな仕事でもない。でも、「まったくストレスがない。起きてから寝るまでお店にかかりっきりで、プライベートな時間はないですが」と北澤さんが笑っていられるのは、自分が「美味しい」と信じたワインだけをベストなタイミングで出せるから。

「雇われている立場では、仕入れにまで携わらなければ、納得のいくワインだけを売ることはできないんです。だけど今は、すべて自分で管理できます」

「ランブロア」は、開店から数ヵ月にして、スペイン通の間でまたたく間に評判になりました。

男女共にひとりでふらりと訪れる人も多いそう。近所の人も気軽に来店して、その時々にさまざまなスペインワインを楽しんでいきます。

スペインに惹かれて、20代、30代で学び、積み上げてきたものを、小料理屋のような家庭的なビストロというスタイルで形にした40代のふたり。「話がしたくて」とひとりでやってくる人がいるのも納得です。

【店舗情報】
ランブロア

(志田実恵)