自身初の世界一となったダスティン・ジョンソン、決して平坦な道のりではなかった(撮影:GettyImages)

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「優勝すれば世界一」――そんなビッグチャンスと向き合いながらリビエラCCにやってきたのは、松山英樹とダスティン・ジョンソン(米国)の2人だった。
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「ジェネシス・オープン」に出場していた世界ランキング上位者は1位のジェイソン・デイ(オーストラリア)、3位のジョンソン、そして5位の松山という具合に続いていた。ジョンソンも松山も自分が優勝した上で自分よりランク上の選手が下位に沈むという条件付きのチャンスではあったが、これまでは優勝しても届かなかったものに手が届くかもしれないという状況を迎えて心が揺れない人間はおそらくいないだろう。
だが、選手として問われることは、緊張やプレッシャーがあろうと無かろうと心が揺れようと乱れようと、その状況を黙々と潜り抜け、そのフィールドの中で一番いいスコアで上がることだ。
勇みすぎて、力みすぎて、結局、取り逃した苦い経験を「これでもか」というぐらい過去に味わってきたジョンソンは、悔し涙を飲むたびに「優勝」の二文字以外のすべてのものをシャットアウトする術を身に付け、そうなってからの彼は本当に強くなった。
米ツアーにデビューした当初からジョンソンは群を抜く飛距離と繊細な小技を武器に着々と勝利を重ねてきたが、喉から手が出るほど欲しかったメジャー優勝ににじり寄ると、メンタル面から崩れたり、珍事に巻き込まれたりで、勝利を逃した。
2010年の全米オープンでは最終日を首位で迎えながら82を叩いて8位に甘んじた。その年の全米プロでは72ホール目にバンカーをバンカーと認識できずにソールして2打罰を食らい、プレーオフ進出を逃した。
2015年全米オープンでは72ホール目に3パットしてジョーダン・スピース(米国)に勝利を捧げる結末になった。メジャーではトップ10に11回も食い込みながら勝ちそこなうことの連続だったが、その嫌な流れにようやくピリオドを打つことができたのが昨年の全米オープンだった。
あのときも珍事に遭遇した。最終日の5番グリーンでボールが「動いた」のか、それとも「動かした」のか。ルール上の裁定が二転三転し、ホールアウト後に1打罰が科せられる可能性を告げられたまま優勝争いを強いられたジョンソンは、あのときメジャータイトルの誘惑も焦りも怒りも不条理も、すべてをシャットアウトする術を覚えた。たとえどんな状況になろうとも、たとえ1打罰が科せられるようとされまいと、それでも勝てるだけのスコアを出すことだけに意識を向けた。
まだ現実化していない「可能性」という曖昧なものに惑わされ、狂わされてきた数々の過去に彼が決別できたのは、あのときだった。
「今日という日の終わりに、1打罰は何の意味もなさくなった」
2位に4打差をつけてホールアウトし、1打罰が科せられて3打差へ。それでも勝利したジョンソンの言葉は、プロゴルファーがなすべきことは何なのか、やるべきことは何なのかを私たちに教えてくれた。今週の「ジェネシス・オープン」に臨んだジョンソンの姿勢は、あのときと同じだった。
「世界一になったことはまだないから世界一のことは考えていない。世界一になりたいとは思うけど、ポイントやランキングを意識しながらプレーすることはない。ただひたすら、この試合で勝つことだけを考えている」。
ジョンソンにとって今大会は、かつてのメジャー大会と同様、何度も勝ちかけては負けた因縁があった。これまで9回出場してトップ10が6回。今年は10回目の挑戦だった。
米ツアーデビュー以来、毎年1勝以上を挙げ続けることは容易ではないが、アーノルド・パーマーとジャック・ニクラウスは17年連続、タイガー・ウッズ(米国)は14年連続で勝ち続け、そんな偉人たちに続いているのがジョンソンだ。この勝利でジョンソンの記録はさらに更新され、10年連続になった。米ツアー通算勝利数は13勝目になった。
そして、「今日という日の終わりに」、彼は世界ナンバー1になった。
「いい気分だ。でも一番大事なのは、このトーナメントで勝ったということ。世界一はボーナスだ」。
 
機は熟し、もらうべき人がもらったボーナスだった。
文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)
<ゴルフ情報ALBA.Net>

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