IBM「ワトソン」に暗雲 有名がん研究所がプロジェクトを離脱

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2013年10月、IBMは全米トップのがん研究所であるテキサス大学の「MDアンダーソンがんセンター」との取り組みを発表した。IBMのコグニティブ・コンピューティング・システム「ワトソン」が、がん治療研究に用いられるというニュースは、テクノロジー業界の新たな希望と受け止められた。

しかし、この取り組みは失敗したようだ。プロジェクトは昨年末から停止中であることをMDアンダーソン側が認めた。MDアンダーソンは現在、ワトソンに代わる提携先を探しており、情報筋によるとテキサス大学側が被る損失は6,200万ドル(約70億円)を上回るという。

MDアンダーソンの広報担当は「IBMとのプロジェクトを停止する。現在、類似した技術を持つ別の企業からの提案を求めている」と述べた。

IBMには大きな打撃に

この発表はIBM側にとって非常にまずいタイミングでなされた。2月20日、IBM会長のジニ・ロメッティは健康情報テクノロジーのカンファレンス「HIMSS」に登壇予定で、ヘルス領域でのワトソンの歩みの詳細を語ることになっている。医療機関向けの新たなプロダクトの発表も予定している。

しかし、IBM側は「Oncology Expert Advisor」(がん専門医エキスパートアドバイザー、OEA)と呼ばれるこの製品に自信を持っているようだ。「専門家の9割がOEAの能力を認めている。R&Dプロジェクトは成功しており、MDアンダーソンとの取り組みは、さらに前進するはずだった」とIBMの広報担当は述べた。

IBMのワトソンは2011年に発表され、2012年3月にはニューヨークの「メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター」と契約を締結。ワトソンの技術をがん治療に役立てる製品を開発するとしていた。

がん治療分野でメモリアル・スローンのライバルにあたるMDアンダーソンは、これに追随する形でワトソンとの取り組みを始動させていた。

意外なことに、コスト負担は全額、MDアンダーソン側だという。MDアンダーソンは3,920万ドルをIBMに、2,120万ドルをビジネスプラン作成を依頼したプライスウォーターハウスクーパースに支払う。ワシントン・ポストの報道によると、このプロジェクトに対し少なくとも5,000万ドルの資金がマレーシア人の富豪、ロウ・タックジョー(Low Taek Jho)から注がれており、タックジョーは土地取引の不正をめぐり現在、米司法省の捜査を受けているという。

一般的には、企業側がコストを負担して、リサーチセンターが調査を行うのが通例だ。しかし、今回の場合はMDアンダーソン側がコストを負担し、完成した製品はアンダーソン側のものになるはずだった。「これは非常に珍しい契約形態だ」とオレゴン健康科学大学でがん専門医を務めるVinay Prasadは述べている。

監査資料によると、プロジェクトを率いたMDアンダーソンのChin教授は、故意に価格を低く算定し、MDアンダーソンの役員会の承認を受けずに予算を通していたという。また、テキサス大学のテクノロジー部門からの承認も得ていなかったという。

この件に関し別の医療関係者は「非常に奇妙であり、一般的にはあり得ない」と述べている。さらに「支払いの元となった資金は、実際には受け取っていない寄付金から支払われている」と指摘している。

MDアンダーソンとワトソンのコラボは当初、非常に前向きな事例と考えられていた。2015年にワシントン・ポストは、MDアンダーソンのチームがワトソンの能力に感激したことを報じ、「仮に徹夜で作業を行ったとしても、これほどの情報分析を行うことは不可能だ」との関係者のコメントを掲載していた。

しかし、テキサス大学によるとプロジェクトは遅延し、成果を挙げられていなかったようだ。監査資料によるとプロジェクトのゴールは数回にわたり変更され、製品を他の2つの病院でテストするプランもあったが、実現には至らなかった。