2月初頭からフランスを揺るがしているのが、パリ郊外で発生した「テオ事件」だ。

 2月2日、移民や移民2、3世や失業者などが多いパリ郊外オルネー・スー・ボアでパトロール中の4人の警官がアフリカ系の青年「テオ」(22)を人定尋問した際に、テオが挑発したとして、殴る蹴るの暴行を加え、さらには警棒で性的暴行を働いたという事件である。

 テオは最寄りの警察署に連行されたが、警棒による負傷で全治60日と診断され、目下入院中だ。

 監視カメラで撮影された事件当時のビデオが公開されている。それを見ると、4人の警官がアフリカ系の男性を取り囲んでおり、やがて、男性を警察車の方に連行している。映像はそこまでしか映っていないが、テオが友人に語ったところによると、警官らは監視カメラに映らない壁の裏側でテオに暴行したという。

 警官側は「故意ではなかった」と述べ、意図的な暴行を否定している。警官の捜査を専門に行う国家警察総合検査局(IGPN)、通称「警察の警察」は捜査の結果、警官の主張を認めた。一方、傷害事件として事件を捜査した予審判事は、4人の警官のうち、1人を「暴行」、3人を「暴力行為」の容疑で起訴を前提にした本格的な取り調べを開始した。

壊し屋がデモに加わって大騒乱に

 事件発生直後から、フランスではフェイスブックなどを通じてテオ支援のデモを呼び掛ける動きが広がった。11日夕刻には、テオ事件の裁判を扱うことになるパリ郊外ボビニーの裁判所付近に数百人が結集、「テオに正義を」「我々はバンブーラ(アフリカ大陸などで黒人が使う太鼓)ではない」などと書いたプラカードを掲げてデモを行った。

 デモはエスカレートし、カシャー(壊し屋)と呼ばれる暴力集団も加わって付近のコンビニや銀行のATM、放送局の車などを襲撃して放火。警官隊が催涙弾などを投げて応酬する大騒乱になった。このデモでは、37人が放火容疑や家屋破壊などで拘束された。

 また同じ日にパリ2区のレアル付近でも約150人が集結したほか、南仏マルセイユでも約250人が支援デモを展開し4人が拘束された。

 15日にはパリの下町18区で、フェイスブックなどの呼びかけに応じて集まった約400人が車に放火するなどして警官隊と激しく対立。18日にもパリ郊外で大規模なデモが予測されている。

警官と衝突するパリ郊外の若者たち

 今回のテオ事件で想起されるのが、2005年秋の「パリ炎上」とも言われたパリ郊外での暴動事件だ。2人のアフリカ系少年が強盗事件を捜査中の警官に追われ、塀を乗り越えて禁止区域に侵入し、高圧線に接触して死亡した事件である。

 警官側は「2人が禁止地域に侵入した時は、追いかけていなかった」と主張した。しかし、暴動はパリ郊外から全国に広がり、放火された車が一夜で約1300台、拘束された者が300人以上という大暴動事件に発展した。

 当時のシラク政権は暴動鎮圧のため、アルジェリア戦争中に制定された法律に基づき非常事態宣言を発動。夜間外出禁止令も出され、パリはまさに革命前夜の雰囲気に包まれた。

 今回のテオ事件では、人種問題と絡んだ“郊外問題”も浮き彫りになった。

 パリなど大都会周辺の郊外に建てられた高層アパートには、旧植民地のアフリカや中東からの移民や移民2世、3世が多く住んでいる。その多くは長期失業者や貧困層であり、社会への不満、不平を抱いている。

 パリ郊外の若者たちと警官とのいざこざは、もはや年中行事と化している。テレビニュースに登場したあるアフリカ系青年は「1日に5回も身分証明書などの提示を求められた」と言い、警官の人種差別への怒りを露わにした。

 2012年の大統領選で、オランド候補は「尋問する人を肌の色などで選ばない」「同じ人に何回も尋問しない」などの公約を掲げた。それを聞いてパリ郊外の住民の多くはオランド氏に投票した。だが、公約を守らないオランド大統領への失望が広がっている。オランド大統領は事件直後に病院にテオを見舞い、暴動の芽を摘もうと試みたが、あえなく失敗した。

大統領選候補たちが一斉にコメント

 大統領選候補者たちは一斉に今回の事件についてコメントし、選挙戦を有利に展開する材料にしようとしている。

 目下、支持率トップの極右政党「国民戦線(FN)」党首、マリーヌ・ルペン氏は、「フランス社会にはびこる放任主義の結果だ。締め付けをきつくして治安を強化すべきだ」と述べ、オランド政権の政治責任を追及する構えである。

 右派政党「共和党(LR)」の公認候補、フランソワ・フィヨン氏は2月15日、大統領に当選した暁には「16歳から成人と認定する」と公約し、「未成年」だという理由で暴力デモへの参加が無罪放免になる少年たちを厳罰に処すと言明した。フィヨン氏の側近は、「フィヨンならデモを許可しなかっただろう」と述べ、暴動事件はオランド政権の失態だと強調した。妻や子息のカラ雇用問題が発覚して失速中のフィヨン氏としては、今回の事件をうまく利用して失地回復を図りたいところだ。

 支持率上昇中の前経済相のエマニュエル・マクロン氏は訪問先のアルジェリアで14日、「バリケード(暴動)では解決しない。国家の真の投資が必要だ」と述べ、暴動事件の背後にある「郊外問題」に真剣に取り組む姿勢を示した。

 選挙戦では、テロや失業への対策などとともに、古くて新しい「郊外問題」と「治安」が主要な争点になりそうだ。

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筆者:山口 昌子