「脳ハッキング」の実験に成功!?(depositphotos.com)

写真拡大

今、脳科学の常識や定説を一気に覆しかねない先見的な科学実験が試みられている。個人の思考を読み取る「脳ハッキング」が成功したという。

 そんな離れワザは本当か? 早速、その真偽を確かめよう。

ハッキング(ハッカー)とクラッキング(クラッカー)は、まったく違う

 その前に、ハッキングという言葉の「誤解」と「誤用」を指摘しておきたい。

 システムエンジニアが高い技術力を駆使し、コンピュータシステムや通信システムの動作を解析し、プログラムの仕組みを研究・調査・改造・改良するエンジニアリング手法、それが「ハッキング (hacking)」 だ。犯罪が入り込む余地はまったくない。

 一方、意図的に悪用する目的で、コンピュータウイルスを介在させ、他人のシステムや機密情報を入手・操作・破壊・改竄(ざん)する悪意に満ちた反社会的な加害・不正行為が「クラッキング(cracking)」だ。

 コンピュータ業界、特にLinuxなどのオープンソースソフトウェアを手がける開発者たちは、ハッキングする人を「ハッカー(hacker)」、クラッキングする人を「クラッカー(cracker)」と明瞭に区別しているが、世間では「不正アクセスを行う行為」が「ハッキング」と誤解・誤用されている。

 したがってクラッキングは、システムやデータへの侵入・破壊を恣意的に企てる明白な犯罪行為になるので、電子計算機損壊等業務妨害罪や不正アクセス行為の禁止等に関する法律による刑事罰を受ける。「ハッキング(ハッカー)」と「クラッキング(クラッカー)」は、まったく違うことを知っていてほしい。

個人の宗教的信念や政治的傾向などを読み取る脳ハッキング実験に成功?

 では、メインテーマの脳ハッキングに入ろう。

 2017年1月31日、ワシントン大学の研究者タマラ・ボナチ氏らの研究チームは、単純なビデオゲーム「Flappy Whale」を被験者に見せ、ごく短い時間だけ表示されるサブリミナル画像への脳神経反応を分析し、個人の宗教的信念や政治的傾向などの思考を読み取る脳ハッキング実験の成果を確認したと発表した(「WIRED」2017年2月3日)。

 研究チームは、インターフェース(BCI)を利用し、7つの電極を被験者の頭に取り付け、ファストフード店や自動車のロゴなどの単純なサブリミナル画像(数mm秒間の超短時間)から受けた脳波信号をリアルタイムに測定した。

 その結果、サブリミナル画像に対する被験者の思考データの収集・分析に成功した。ボナチ氏によると、 同じ手法を使えば、被験者の宗教的信念から政治的傾向、医学的な健康状況、嗜好、偏見などまで収集・判別できるという。

 だがボナチ氏は、脳が生成する脳波信号は、個人を特定する究極のプライベート情報になることから、名前、住所、年齢、血液型、DNA型、指紋、声紋、虹彩などと同様に、個人情報として法制度的に保護すべきだと警告を発している(#Brain Computer Interface#BrainHacking #Privacy)。
微弱な電気刺激が脳を活性化する仕組みを解明

 一方、理化学研究所神経グリア回路研究チームは、tDCS(経頭蓋直流電気刺激法)を活用し、直流電気刺激がマウスの脳機能に及ぼす影響とその作用メカニズムを明らかにし、『Nature Communications』に掲載した(理化学研究所「60秒でわかるプレスリリース」2016年3月22日)。

 tDCSは、電極を用いて頭蓋骨の頭皮の上から、極めて微弱な直流電気(1〜2mA程度)を約10〜30分間流して脳を刺激する方法だ。大脳皮質の神経回路のシナプス伝達を増強するため、うつ症状の改善、運動機能障害のリハビリテーション、記憶力の向上などの効果がある。

 研究グループは、シナプス伝達の増強がグリア細胞の1種であるアストロサイトのカルシウム濃度によって起きることに注目。アストロサイトは、細胞内カルシウム濃度をダイナミックに変動させ、ニューロンへのエネルギー供給や脳内環境の恒常性の維持などの働きを促す。

 この実験では、アストロサイトとニューロンの細胞内カルシウム濃度の変化をリアルタイムで観測できる遺伝子改変マウスを作製し、tDCS前後の大脳皮質のカルシウム濃度の変化を計測した。

 その結果、tDCSによって大脳皮質のアストロサイトの細胞内カルシウム濃度が上昇し、ナプス伝達の増強が起きる事実や、神経伝達物質ノルアドレナリンのα1アドレナリン受容体が、tDCSによるアストロサイトのカルシウム応答に必須である事実を発見した。

 これらの結果から、tDCSの直流電気刺激によってノルアドレナリンが放出され、アストロサイトのカルシウム濃度が上昇すると、シナプス伝達の増強が起きやすくなる事実が判明した。近い将来、アストロサイトを標的とした、うつ病、脳卒中、片頭痛などの創薬や治療法の開発につながる可能性がある。

 このようなtDCSの研究は、理研だけでなく、ドイツやアメリカなどを中心にtDCSによる治療法の開発が活発に進められ、患者への負担が少ないため、脳卒中の後遺症やうつ病などの脳疾患の治療、脳梗塞のリハビリテーションや運動機能の回復に役立っている。

脳に電気刺激を与えるtDCSはメリットとデメリットがある

 しかし、tDCSは、認知能力を向上させ、学習速度を速めるメリットがあるが、脳への電気ショックを利用した学習にはデメリットもあるとするオックスフォード大学の認知神経科学者ロイ・コーエン・カドシュ教授の研究がある(『Journal of Neuroscience』WIRED NEWS (ITALIA)2013年8月27日)。

 カドシュ教授によれば、脳に電気刺激を与えるtDCSは、適切な脳の領域を選び、伝統的な訓練方法とともに副次的に電気刺激を与えなければ、良好な学習効果は出ないので、他の学習戦略と組み合わせなければ有害であると結論づけている。

 また、tDCSは、セロトニンの働きによる短期記憶の増強を促す効果はあるものの、増強された記憶力は長続きしないとするベルリンのカリテ大学のプレーン博士らの研究報告もある。 さらに、61ものtDCS研究による健常者を対象にしたメタ解析は、tDCSによって反応速度が向上するが、正確性は向上しないと公表している。

 このように、tDCSは、効果的な使い方や治療への応用など多くの課題が残しているが、そのメカニズムは、少しずつ明らかになっている。そのポテンシャリティはどこまで広がるのだろうか?

 最後に注意がある――。

 自分の脳に電流を流す脳ハッキングは、頭が良くなる、認知能力が向上するなどと錯覚したり、記憶力が高まる、明晰夢を見られるなどと妄信して、ヘッドギア自作する熱狂マニアが、ネット上のコミュニティやYouTubeなどに増殖している。

 しかし、このような非科学的で興味本位の脳ハッキングは、根も葉もない自己流のDIY的科学実験ごっこにすぎない。感電や火傷、合併症などのリスクだけでなく、最悪なら脳への致命的な悪影響も想定される超リスキーな無謀行為だ。言うまでもなく、絶対に手を出してはいけない。
(文=編集部)