◎快楽の1冊
『虐殺器官』 伊藤計劃 早川書房 720円(本体価格)

 2月3日に同名タイトルのアニメ映画が公開されたので、すでに鑑賞したSFファンも多いだろう。作者は2009年に34歳の若さで亡くなった伊藤計劃。さかのぼること'07年に発表された本書は、早川書房が刊行するSF小説ランキングガイドブック『SFが読みたい!』で『ベストSF2007』国内篇第1位に選ばれ“ゼロ年代最高のフィクション”とたたえられた作品だ。
 9・11以降、テロの脅威に対抗するために徹底的な個人情報管理を行っているアメリカ。テロの脅威は抑制されたが、第三世界では紛争が激増し、世界は二分されつつあった。アメリカ情報軍に所属するクラヴィス・シェパード大尉は、先鋭チームを率いて紛争首謀者である謎のアメリカ人“虐殺の王”ジョン・ポールの暗殺ミッションに従事していた…。
 近未来世界の兵士は脳の働きを科学的にコントロールし、痛みは知覚できるが「痛みそのものは感じない」状態で戦闘するなど、SFならではの世界観は『メタルギアソリッド』など戦争ゲームが好きな人にはまさにうってつけ。実際に著者はゲームの公式ノベライズも担当していたというのだから納得だ。
 物語は一人称で書かれており、その圧倒的な筆力で戦争の残虐さと人間の内面の繊細な心理をこれでもかと描写していく。少々グロテスクに感じるシーンもあるが、もとよりゲーム、ミリタリー、SFなど本来、男心をくすぐるこれらのキーワードがしっくりくる人ならば、思わずニヤリとするはずだ。
 著者はこの作品をたった20日程度で書き上げたという。自身が病魔に侵されており、入退院を繰り返す毎日。死を己の身にリアルに感じていたからこそ、描ける残虐性や心理描写は10年経った今でも色あせることはない。映画と合わせて楽しんでもらいたい。
(小倉圭壱/書評家)

【昇天の1冊】
 「ビッチ」という言葉をよく聞く。一般には「性を駆使して欲望を満たす嫌な女」という意味。「貞操観念の低い女」の蔑称であり、男の間では俗にいう「ヤリマン」などと同義として使われる。
 ところが、「隠れビッチ」という言葉もある。「男にチヤホヤされることだけが生き甲斐の清純派に扮したクズ女」のこと。
 そうした女の正体を漫画で描写したのが『“隠れビッチ”やってました』(光文社/1000円+税)という実話コミックエッセイ。あらいぴろよさんという本職はイラストレーターの女性が、自らのビッチぶりを告白し、女性不信に陥りそうなほど嫌な女の正体を描いている。
 隠れビッチの実態は、あざとい。化粧はシンプル、ショートヘアで髪の色は黒〜濃い茶、服装は露出控えめ、ミニスカは着用しない。いかにも男が好みそうな地味で清楚な姿に“擬態”しているが、裏では3年間で300人の男とデートし、男にモテはやされる優越感に身を浸すというのだから、噴飯モノだ。
 思わず「あるある」と、周囲に存在する女性を思い浮かべた読者諸兄もいるだろうが、甘い。「隠れ」というだけあって、職場や友人の男からは好感を持たれており、ビッチであることを悟られることなく生きている。一方、女たちは隠れビッチを直感で見抜く能力に長けているため、したがって同性の友人は少ない。
 読後感は、女はコワい…いや、モンスター。逆にいえば、コロッと騙される男がバカともいえるのだが…。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)