新領域に踏み込んだ妻夫木聡

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 心優しい青年から悲しみを抱えた同性愛者、猟奇殺人鬼まで、どんな役も“ハマリ役”にしてしまう俳優・妻夫木聡が、映画「愚行録」で“役”を観客の創造性に委ねる決断をした。役が持つ感情をあえて抑え、観客に思いを込めさせる絶妙な存在感を放つ。役者として新たな領域に踏み込んだ妻夫木が、他者を語り、自らの愚かさを露呈していく人々の真の姿を浮き彫りにする。

 映画は、貫井徳郎氏の直木賞候補小説を映画化したミステリー。雑誌記者・田中武志(妻夫木)は、エリートサラリーマンと美しい妻、かわいいひとり娘という“理想の家族” を襲った一家惨殺事件を追う。すると、夫婦の思いがけない実像と事件の真相が明らかになっていく。その一方で田中は、シングルマザーの妹・光子(満島ひかり)が育児放棄の疑いで逮捕されたことに頭を悩ませていた。

 「最近は自分が役のなかで生きるということばかりを考えていた」と話す妻夫木は、原作ではセリフのない田中を演じるにあたり「具体的に考えることは止めた」という。「読んでいる人のなかに、うっすらと田中の感じが勝手に作り上げられているんですよね。小説と同じような視点で僕を見てもらえたら嬉しいなと思ったんです。だからはっきり(キャラクターを)提示しないほうがいいんだろうなと。印象が残りすぎても残らなすぎてもよくない、微妙な立ち位置でした」

 妹を演じた満島とは、映画「悪人」(2010)、「スマグラー おまえの未来を運べ」(11)、ドラマ「若者たち2014」などで共演し、信頼関係を築き上げてきた旧知の仲。田中兄妹の言葉が必要ないほどの強固なつながりが、妻夫木と満島との間にも存在している。

 「話さないことが良いことにつながるという匂いがあったから、現場でもそんなに話していないんです。(今作では)お互いを分かっているなかで発するひと言ひと言がすごく重要だったりする。距離がすごく近いんだけれど遠いみたいな」

 メガホンをとったのは、今作が長編デビューとなる石川慶監督。ポーランド国立映画大学で演出を学んだのち、短編映画で国内外の映画祭などで実績を積み上げてきた実力派だ。

 石川監督は、読者の想像でしかなかった田中が具現化していくことによって生まれる映画オリジナルのシーンを、冒頭に持ってくるという勝負に出た。田中がバスで老女に席を譲るという何気ない場面だが、今作の深意を悟らせるような演出に、一気に胸を掴まれる。ともすれば原作ファンから批判を受けそうなものだが、妻夫木が「かなり挑戦的」「掴みはオッケー、みたいな感じがありました」と熱っぽく語るのも頷ける、印象的なシーンに仕上がった。

 人間のあらゆる愚行が収められている今作で、最大の“罪”を問われるのであれば、間違いなく殺人だが、最大の“愚行”を問われれば、即答できなくなってしまう。

 「人間が、『1番それは愚行でしょ』と思うことを、1番あっさりと描く。例えば人を殺す場面があったとして、意外と見ている人は、『え! 殺しちゃったの!?』と思うよりも、『ああ……殺しちゃったか』という風に見る人の方が多い気がするんです。そう思わせるまでの積み重ねがすごく重要だった。いろんな愚行を見せているなかで、殺人が1番の愚行ではないというところにまで行き着いている。勝手にルールができているじゃないですか、人間界のなかで。そういう人間の本質的な考え方を揺さぶるんです」

 観客に人間の弱さ、非情さ、身勝手さ、狡猾さを突きつけ、自身の生き方に疑問すら抱かせる。そのリアルすぎる虚構の世界に身を任せた妻夫木が、最後につぶやいた。

 「人間の見方が変わってくるかも知れないですよね。知らない間に人って人を傷つけている。そういう愚かさは直せない。儚い生き物ですよね。人間って」

 「愚行録」は、2月18日から全国で公開。