フランス「国民戦線」マリーヌ・ル・ペン党首(ロイター/アフロ)

写真拡大

 欧州の金融市場では、4〜5月にかけて実施されるフランス大統領選挙への警戒感が高まっている。これまで有力候補とみられてきたフィヨン元首相が自身の妻に不正に給与を渡していたとの疑惑が取り沙汰されているからだ。2月6日、同氏は不正疑惑に関して、自身の行動を弁解するとともに、大統領選挙から撤退しないことを表明した。

 フィヨン氏が大統領に当選した場合、フランスとEUの関係、そしてEU全体の政治連携が円滑に進むか、やや不透明な部分はある。同氏は、シリアやロシアとの関係を重視し、反移民の考えを持っているからだ。それでも、極右政党である国民戦線のルペン党首が当選することに比べれば、既存のEU政治の流れが保たれる可能性は高い。一方、“まさかのルペン大統領”が誕生すれば、かなりの混乱が予想される。

 各種世論調査によると、大統領選挙は決選投票にもつれもむ可能性が高い。そして、最終的に中道派の独立候補であるエマニュエル・マクロン氏(前経済産業デジタル相)がルペン氏に勝ち、大統領に当選するとの見方が有力だ。ただ、世論調査が正しいとはいえない。極右政党からの大統領誕生の可能性は排除すべきではない。

●ポピュリズム政治の蔓延
 
 2016年6月の英国国民投票では、大方の予想とは異なり、英国のEU離脱=ブレグジットが決定された。金融市場の関係者や政治の専門家の間では、EU単一市場へのアクセスが英国経済の安定を支えていることを理由に、英国はEU残留を決定するだろうとの見方が多かった。

 しかし、英国は中長期的な経済の安定よりも、目先の国境管理、司法権の確保を優先した。EUに加盟し続ける限り、英国の司法、政策運営はベルギー・ブリュッセルに拠点を置く欧州委員会の影響を受ける。そして、EUに加わり続けている以上、移民や難民が英国に流入することを防ぎづらい。その状況が続くと、移民が英国民の社会福祉、雇用を奪っているとの被害者意識が高まる。難民の流入は、フランスなどでのテロ事件につながった。そうした状況のなかで、「自国の決定権を取り戻し、自国民の利益を守るべき」との世論をなだめるのは容易ではない。

 こうして英国の社会は、目先の利益を重視し、ブレグジットを選択した。それは、長い議会制民主主義の歴史と伝統を持つ英国の政治が、目先の大衆の利益を重視する“ポピュリズム政治”に傾斜していることを確認する重要な機会になった。この決定を受けて、すでに右派のポピュリズム政党が支持を集め始めていたオランダやフランスなど、大陸欧州各国でも“自国優先”を求める世論が追加的に高まっている。その主張はシンプルであり、EUから離れ、国境管理と司法権を確保すべきだということだ。

 そして、昨年11月の米国大統領選挙でも、大方の予想と異なり“アメリカ・ファースト”を強調するトランプ氏が大統領に当選した。先月20日の正式就任後、トランプ氏は法律を十分に理解しないまま、中東などからの入国制限に関する大統領令に署名した。そして、英国はEUよりも米国との関係を強化しようと動き始めている。このようにポピュリズム政治が蔓延するなか、各国は目先の利益を重視し、利害が一致する者同士、結びつきを強めようとし始めている。

●注意が必要なフランス大統領選挙

 世界的にポピュリズム政治の熱気が蔓延するなか、フランス大統領選挙の動向には注意が必要だ。世論調査では、最終的にルペン氏は大統領に当選しないとの見方が目立つ。欧州経済を専門にするエコノミストらのなかにも、そうした考えを持つ者が多いようだ。しかし、英国の国民投票、米国大統領選挙のように、選挙の結果は投票結果を見るまでわからない。はじめからこうなると、決め打ちすべきではない。極右政党からの大統領誕生の可能性は排除できない。特にトランプ氏の大統領当選は、フランス第一の主張の追い風になっている。

 もしルペン氏がフランス大統領に当選すれば、EU離脱、ユーロ離脱に向けた取り組みが進められるだろう。ルペン氏のアドバイザーからは、大統領に当選すればユーロを廃止し、各国通貨を束ねた概念上の通貨を作る。それと各国通貨の交換が可能な制度への移行を求める考えが示されている。これはユーロ発足前に使われていた欧州通貨単位(ECU)の時代に戻り、フランを使おうという考えだ。

 ルペン氏は、反グローバル化への取り組みを進め、憲法に自国第一を明記するとさえ表明している。多くの国民が、移民や難民の流入によって雇用機会が奪われたという反感、テロの発生など治安が悪化しているという懸念を抱いている。そうした民衆心理にとって、ルペン氏の主張は既存の政治家がなしえなかった、民衆目線の政治が進むとの期待を抱かせる可能性がある。米国の大統領選挙でも、予想以上に多くの国民がグローバル化の進展に反感を持っていたことがはっきりした。

 もし、フランスが自国優先を目指す政治を選択するなら、欧州各国にもかなりの影響が出るはずだ。ドイツでも反移民を訴える「ドイツのための選択肢(AfD)」が一定の支持を集めている。イタリア、ギリシャなど南欧諸国では、景気が思うように回復せず、銀行システムや財政再建への不安も高まりやすい。状況次第で自国の決定権を取り戻そうとする動きが進み、欧州全体の政治連携が後退する可能性には注意が必要だ。

●政治リスクを“想定外”とすべきではない

 従来、金融市場では主要国の政治はグローバル化や自由貿易を重視し、極端なポピュリズム政治は進まないとの考えが多かった。政治混乱は、発生する確率がかなり低い想定外の事象(ブラックスワン)だった。しかし、近年の主要国の政治では、ありえないと思われていたことが現実になることが増えている。ポピュリズム政治の蔓延は、想定外ではなく、投資家が念頭に置いておくべきリスク要因(グレイスワン)と考えるべきだ。

 欧州の国債市場を見ていると、フランスの金利上昇が顕著だ。昨年9月末、フランスの30年金利は0.9%台で推移していた。米国大統領選挙後の上昇局面を経て、現在、30年の金利は2.1%台に達している。投資家は、実際にルペン氏が当選し、フランス経済の立て直しのために財政出動が進む展開を意識し始めたようだ。

 フランス大統領選挙への懸念は、為替相場にも影響を与えている。トランプ政権の対外強硬策などへの懸念からドルが主要通貨に対して下落するなか、ユーロも売られる場面が増えている。そして、ルペン氏が大統領に当選すれば、為替レートは1ユーロ=1.00ドルのパリティを下回り、1ユーロ=0.9ドル台に突入するとの見方も出始めた。

 どのようなペースでフランスの金利上昇、ユーロの下落が進むか、不透明な部分は多い。それでも、トレンドとしてフランス国債、ユーロは下落基調で推移する可能性が高まっている。それが含意するものは、一般的に言われている以上に、ルペン氏が大統領に当選する可能性があり、それは無視できるものではないということだ。そうしたリスクを金融緩和で抑えることも難しい。

 英国国民投票、米国大統領選挙にみられた通り、ポピュリズム政治の進行はリーマンショック後の低迷を招いたエリート政治への反発でもある。それだけに、自国のことだけを考えればよいという、従来と異なる主張が注目を集めやすい。そして、注目が集まると票が流れやすい。フランス大統領選挙がどうなるかは結果を見なければわからないが、ルペン氏当選のシナリオはないと決め打ちすべきではない。
(文=真壁昭夫/信州大学経法学部教授)