よく「企業は人なり」と言われるが、同様に「国家は人なり」である。未来を展望し、次世代を担う若い人材育成に向け、教育の面で改革していくことが求められる。特に個性を生かした「活力ある社会」へ、教育の「機会の平等」実現が急務である。

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日本は多くの課題を抱えており、特に教育に問題があるとする論議が高まっている。かつて日本ではバブル崩壊後、世の中全体が一種の自信喪失状態に陥った。その一因となった政府の対応の遅れも結局はそれを選んだ国民の意識に問題があるとか、あるいは子供が有名校、有名企業を目指す競争激化のあまり、引きこもりやモラトリアム人間を生み出す結果になったのは企業側にも問題があるとする批判がある。

また、それを絶対的なものとして子供に期待した親の責任もあり、また、そうした状況を加速した学校側にも、また学校に対して物言わぬ家庭にも責任があると、何もかも教育のせいにし、最終的には教育改革から始める以外にないとする論議が大勢である。

よく「企業は人なり」と言われるが、同様に「国家は人なり」である。企業も国家も、また社会そのものも、人によって構成され、人の価値観、世界観、行動規範によって、その大勢は決定される。

今、時代の転換期にあって、企業も学校も大学も、そして行政も、また社会システム自体も、あらゆる分野でこれまでの体制やシステムの見直しが求められている。

すなわち日本は、明治維新以来20世紀末までの工業社会の時代、営々として築かれてきた価値観、すなわち豊かさの実現とともに人並みの生活がしたい、あるいは「結果の平等」を期待する価値観、世界観から、今、21世紀の知識・情報サービス産業社会の到来とともに、個性、自律性、自己実現、そのための「機会の平等」を求める価値観、世界観に変わりつつある。

そうした中、企業も教育機関も社会を構成する一員でありサブシステムであり、特に教育機関は、社会システムの根幹をなす部分であれば、社会の期待や展望、ニーズを反映したものでなくてはならない。社会が大きな転換期を迎えている時、それを構成するサブシステムが鈍感であっては、社会の期待には応えられない。

企業は今、自らのリスクで自らの改革に挑戦しつつあるが、教育機関は人類社会の未来に向けて新知識の探求と将来の人材育成という重大な社会的使命を負っているとすれば、企業より先行して世の中の未来を展望し、次世代を担う若い人材育成に向け改革していくことが求められる。

その第一歩として現在、進展しつつあるグローバリゼーション、IT革命、産業構造転換、少子高齢化社会へのメガトレンドを視野に21世紀の新時代を展望し、そこに求められる人材像を描き、変革に果敢に挑戦していくことが求められている。

特に大学は、従来以上に社会への貢献が求められており、その期待と要望が高ければ高いほど、社会との融合化とコミュニケーションの活性化が求められている。

■立石信雄(たていし・のぶお)
1936年大阪府生まれ。1959年同志社大学卒業後、立石電機販売に入社。1962年米国コロンビア大学大学院に留学。1965年立石電機(現オムロン)取締役。1995年代表取締役会長。2003年相談役。日本経団連・国際労働委員会委員長、海外事業活動関連協議会(CBCC)会長など歴任。「マネジメントのノーベル賞」といわれるSAM(Society for Advancement of Management)「The Taylor Key Award」受賞。同志社大学名誉文化博士。中国・南開大学、中山大学、復旦大学、上海交通大学各顧問教授、北京大学日本研究センター、華南大学日本研究所各顧問。中国の20以上の国家重点大学で講演している。