ユウキロック氏

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ベストセラーとなった『火花』でも克明に描かれ、改めて注目を集めたお笑い芸人の生き様。近著『芸人迷子』では、芸人生活に自ら終止符を打つまでの顛末を赤裸々に明かしたユウキロック氏が明かす「芸人のセカンドキャリア問題」とは?

――ユウキロックさんご自身、コンビ解散後の現在はお笑い講師や構成作家、ライターなどさまざまなお仕事をされていますが、いつ頃から、どのようにして芸人以外の稼ぎ方を意識してきましたか?

ユウキロック:稼ぎ方って(笑)。なんかいやらしい言い方(笑)。ハリガネロックで活動していた頃も、家電や節約に関する仕事をたくさん請け負っていました。でも、それは「芸人だから」という前に「(その分野に)詳しかった」という前提の仕事です。だから「芸人以外の部分で稼いでいるな」という認識はありましたね。解散直前は相方とは月一でしか会うこともなく、それ以外は一人での仕事がほとんどでした。そもそも今はもう肩書が関係ない時代だと思います。僕自身、今も一応、「タレント」としてヨシモトに在籍しながらいろいろな仕事をしていて、自分のことを「何でも屋」といっています。結局、大切なのはスキル。それがあればなんでもできるはずです。

――ユウキロックさんが若手だった90年代、00年代と比べて、芸人を囲む状況にはどういった変化が起こっていますか?

ユウキロック:単純に我々のころより芸人の数が多いです。にもかかわらず、お笑いブームが終わり、ネタ番組が少ない。目標になる番組がひとつでもあればと思います。あと、ネタについていえば、突飛なことをしようとする人が多い。それはそれでいいのですが、肝心の技術が足りていないんです。だからうまくネタとして表現できない。もったいないですね。あと、僕らの時代の芸人は本当にみんな「尖っていた」ので突き放せば突き放すほど、「ナニクソ」と這い上がってきた芸人は多かったですが、今は何かを与えないとやらない人が多いなと思います。この時代に諦めている人も多いのかなと。誰も芸人になってくれと頼んだわけではない、自分がやりたくて芸人になったのだから、どんな状況下でもまずはお笑いの世界で「ナニクソ」と戦ってほしいです。

――確かにユウキロックさんが大阪の2丁目劇場でしのぎを削っていた時代は、今と違ってお笑いの現場にも殺伐とした雰囲気がありました。

ユウキロック:僕のNSCの同期には中川家、ケンドーコバヤシ、陣内智則、たむらけんじと、今でもお笑いやバラエティの第一線で活躍している芸人がたくさんいるんですが、みんな、もうめちゃくちゃ尖ってましたからね。同期の中にはダウンタウンさんの影響を受けて、引き芸したり、浜田さんのような迫力あるツッコミをしたり……。他の芸人がしたことで笑うこともなかったですし、さまざまな点で今と状況が大きく違っていますね。

――以前と比べて、解散や引退といった区切りをつける年齢が高くなっている、もしくは低くなっているといった違いはあったら、教えてください。

ユウキロック:昔と違って、20代の芸人だけでやる番組がなくなり、最近はテレビで活躍しはじめる時機が遅くなっています。そういった要因が決断を遅くしていると思います。ただ、今後、たとえ景気がもっと悪くなったとしても、自らの決断の指針は「時代」ではなく、「自分」にあるということを踏まえてほしいです。

――「お笑い芸人として踏みとどまっている人」、「スパッと辞めて、別の仕事をはじめた人」、ユウキロックさんの目にはどちらが幸せに見えますか?

ユウキロック:ずるい答えですが、どちらも幸せな人もいれば、不幸な人もいると思います。向き合い方次第で変わります。去年のR-1で優勝したハリウッドザコシショウのように続けていれば、脚光を浴びることもあります。ザコシショウもNSCの同期なんですが、やってることは昔から全然変わってないですから(笑)。ただ、踏みとどまっていては駄目です。真正面から向き合っていかなければ。真正面から向き合ってこそしっかりとした決断が下せます。その上で別の仕事をしている人は、それも幸せだと思います。死ぬ時に後悔をしない人生を送ってほしいですね。