『劇場版ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』公式サイトより。

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 アニメーション映画『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』は、2012年に第1期、14年に第2期が放送されたTVアニメーション・シリーズ『ソードアート・オンライン』のその後の世界を、原作者・川原礫自らが描いた完全新作オリジナル・ストーリーを基として、新たなドラマを描いたもの。 

 その前にTVアニメ版『ソードアート・オンライン』がどのようなお話であったかをかいつまんで記すと、VR(仮想現実)世界で繰り広げられるゲーム“ソードアート・オンライン”(以下、「SAO」)内から現実世界に戻れなくなり、ゲームでの死=現実世界の死と化した悪夢の中、ゲームクリアをめざして主人公キリトたちが死闘を繰り広げていくというもの。

 そして本作は、それから数年後の2026年を舞台に、AR(拡張現実)型情報端末“オーグマー”によって拡張された現実世界で繰り広げられる次世代ゲーム“オーディナル・スケール”(以降)に参加する、かつてを「SAO」を体験し、現実世界に帰還できた者たちが次々と謎の存在に襲われていく……。

 と、以上は宣材からの受け売りで、こうやって自分で書いていても実はわかったような、よくわからないようなところがあるのだが(!?)、要はVRからARへとゲーム世界が代わり、安全性と利便性が高まったはずなのだが、やっぱり新たな危機が主人公たちに迫りくる――そうまとめて考えると、さほど難しくないし、実際に観賞し始めると感覚的に理解できてしまう節も多々あって、すこぶる面白い。

 実は私自身、今回はあえてTVシリーズを未見のまま劇場版に接してみて、どこまで内容を理解できるか試してみることにしたのだが(と言えば聞こえはいいが、忙しかったので、単にズボラしただけ!?)、映画の冒頭でTVシリーズのあらましが端的にわかりやすく語られていて、もうそれだけで十分なまでに、映画本編に入り込むことができた。

 TVアニメから派生した劇場版について、「TVを見ていないと理解できないだろう」といった旧来のファンによるネットの書き込みなどをよく目にすることがあるが、実際のところ作り手の多くは初見の観客に対してもいかにわかりやすくドラマを伝えるかに腐心し、その上でTV版に接してもらうきっかけになってほしいと願っているものである。

 その伝では今回も、さすがにキャラクター同士の関係性など詳細なところはわからないにせよ、話の流れで映画そのものは十分面白く見ることができるし(観客もそうそう馬鹿ではないだろうし)、それどころか、観賞後はTV版をチェックして多様な人間関係などを知りたくなる衝動に駆られるものがあっただけでも(私自身、試写会の帰りに即TVシリーズのDVDをレンタルして一気に見ました)、本作は大成功の部類に入ると思われる。

 ストーリーの詳細などネタばれになるようなことは伏せるが、面白かったのはVRでは英雄となった主人公キリトが、ARはとんと苦手で苦労しまくっているところで、そこだけをとっても新旧のゲームの世界観が似て非ざるものであることが容易に理解できる。

 またオーディナル・スケールが開催される都内各地のロケーションも実にリアルに映えわたっており、こういった作り手側のきめ細かい配慮の数々も、見る側により深い説得力を与えてくれている。

 さらに今回特筆すべきは、オーディナル・スケール内におけるARアイドルとして、人気を博している歌姫ユナの存在で、ゲーム開催時に彼女のステージに遭遇すると特殊効果を得られるという設定もさながら、バトルに併せて彼女の歌が始まるや、俄然映画そのものが弾みだし、とてつもない昂揚感を生み出していく。

 ユナを演じているのは、今やミュージカル女優としても、『アナと雪の女王』日本語吹き替え版をはじめとする声優としても大活躍中の神田沙也加で、やはり誠実かつ着実な声の演技と、それに呼応した幅のあるヴォーカルの魅力が今回の最大の魅力になっていることに疑いようはない。さらに今月25日からいよいよ始まる『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』全7章の中で、彼女は宇宙の女神テレサを演じており、その意味でも今月は“神田沙也加・声優月間”としても大いに楽しめそうだ。

 一方でキリトとヒロインのアスナとのラブ・ストーリー的パートも、さりげなくも印象に残る仕上がりとなっており、もちろんバトル・シーンのダイナミズムなどにぬかりがあろうはずもないのだが、そういった思春期特有の繊細な感情にもこだわりを示しているところに、本シリーズが支持されている秘訣があるのだろう。

 現在ハリウッドで実写映画化も企画されている本シリーズ、なるほどこの内容なら全世界共通の秀逸かつ明快なエンタテインメントとして、海の向こうの面々も飛びつくはずだ。

 昨年に引き続き、今年も国産アニメーション映画の大躍進は続きそうな気配である。
(文・増當竜也)