高梨沙羅(クラレ)のW杯通算最多記録タイとなる53勝目がかかった、2月15日のW杯平昌大会。弱い追い風の中で、1本目の飛躍は踏み切りもしっかり決まり97.5mまで飛距離を伸ばして、2位の伊藤有希(土屋ホーム)に5.8点差をつけるトップに立った。この1回目ジャンプを終えた時点で、もはや記録達成は確実だと思われた。


53勝目を挙げても謙虚な姿は変わらず、来年の平昌五輪での活躍に期待がかかる高梨沙羅 だが、追い風が少し強くなった中で飛んだ2本目は、ジャンプ台に力が伝わらないジャンプになってしまい、94mというまさかの失速。ブレーキングトラックで高梨は頭を抱えていた。

「風というより、タイミングががっつり遅れてしまったので『ここでそれが出るか!』という感じで……。『やってしまったな』という悔しさがありました」

 そんな高梨に9.5点差をつけて優勝したのは、午前中の公式練習では100mジャンプを連発し、試合前のトライアルでも高梨より5段高いゲートながらヒルサイズ(109m)超えの110mを飛んでいた伊藤だ。1本目は96m、2本目は弱い向かい風をもらい101.5mを飛んでの逆転勝利だった。

「ジャンプ自体は1本目の方がよくて、2本目はかなり大きく外してしまいました。でも他の選手より緩い追い風の中で飛べたということもあって、運に助けてもらったかなと思います」と伊藤。

 今季は札幌と蔵王で勝ち星を重ね、4勝目にして海外初勝利も飾った。W杯総合3位以内につける高梨とマレン・ルンビー(ノルウェー)、伊藤の3名以外、トップ10の選手は不在という今大会だが、踏み切りから空中への流れや、技術の安定が、多少のタイミングのズレをカバーできる地力となって表れ、きっちりと飛距離を伸ばせている。高梨とのトップ2を、強く印象づける優勝だった。

 それでもW杯総合ポイントで2位の伊藤に247点差をつけ、2季連続4回目のW杯総合優勝を決めた高梨だが、この試合に関しては「悔しいという思いの方が強い。午前中の練習で、このジャンプ台の感じをつかみかけたと思ったのですが、アプローチスピードが出なくなっているということは、スタートゲートや助走レールの感じをつかみきれていなかったのだと思います」と反省の弁を述べている。

 トップに立った1本目のジャンプでも伊藤より時速で0.8km遅く、ルンビーには1.7kmも負けていた。スピードが出ないということは、アプローチ姿勢がズレているということ。それゆえに無駄のない踏み切りができなくなっているのだ。

 しかし、そこはさすがの女王・高梨。強風が続いて開催が危ぶまれていた2日目には、その課題を修正してきた。試合前のトライアルで同じゲートからスタートした伊藤やルンビーとのスピード差はほとんど縮められなかったものの、踏み切りではスムーズに立ち、トライアル最長の103mを飛んだ。そして試合の1本目は103mを飛んだルンビーには及ばない2位だったが、助走速度の差を0.6km差まで縮めて99.5mを飛ぶという、修正能力の高さを見せた。

 2本目は1本目4位の伊藤が、秒速1.61mの向かい風の中で、ヒルレコードの111mを飛んでトップに立ち好調さを見せつけた。そのふたりあとの高梨のジャンプは向かい風が0.26mと弱くなり、スタートゲートも2段下がってアプローチスピードが抑えられる条件となる。だがそれでもキッチリと97mまで飛距離を伸ばし、伊藤を1.5点上回ってW杯最多タイの53勝目をあげた。

「2本目は飛距離も97mでしたし、次に1本目1位のルンビー選手がいたので、まさか勝てるとは思っていませんでした。ただ、昨日の課題だったアプローチスピードはずいぶん戻ってきたのでそこは自信になります。昨日のジャンプを見直して、スキーの外側が助走レールの縁を擦っているのに気づいたので、今日は新しいスキーを使ってみました。スキーがレールの縁と擦れていることで1km下がったのかもしれないですし、いろんな人のアドバイスもある中で父とも連絡を取り、フィーリングがよくなければ元に戻すということで新しいスキーを試してみたら、いい感じで飛べたので、そのまま新しいのを使いました」

 前戦のオーストリア・ヒンゼンバッハでは連勝して、アプローチの滑りを改善できたという手応えを得ていた。その後、日本に帰ってからは、平昌と形状が似ている白馬ジャンプ台で練習をしてこの大会に臨んだが、1月の札幌大会から少し狂い始めていた滑りを完璧には修正しきれていなかった。それでもスキーを変えてみるという新しい試みをした上、難しい条件の中でしっかりと勝てたのは彼女にとって大きな収穫だろう。

「私は内容の後に結果がついてくると思っているので、まずは自分のやるべきことに集中しなければと思っていました。その点では今日はやるべきことが山ほどあったので、そこに気を取られて、勝敗に気持ちが向かなかったのがよかったのかもしれません。こういう難しい条件の中でしっかりと自分を保つことができたというのは、来週からの世界選手権(フィンランド・ラハティ)に向けてもいい準備ができているということだと思います」

 平昌大会は、今季のなかでも高梨が目標のひとつに挙げていた大会だ。そこで53勝目をあげられたことはうれしいと言いながらも、反省点もあるといい、帰国してからビデオを見直して世界選手権へ向かうという。

 男子のグレゴア・シュリーレンツァウアー(オーストリア)に並んだW杯最多勝という記録も、「男子とは舞台も違うしレベルも違うので、それがすごいことというのは自分の中では複雑ですが、そういう記録を出せたということで自信にはなっている」と冷静に受け止める。

 それでも「ただ自分が一番勝ちたい試合に向けてピークを合わせることがまだできていないので、そこが私の一番弱いところだと思います」と気持ちを引き締める高梨。

 国内4連戦で苦しんだ50勝目をルーマニアのラスノフ大会でクリアして、今回53勝目も苦しみながらもクリア。心置きなく今季の”一番勝ちたい試合”と語る2月23日からの世界選手権へ臨む態勢も万全に整ったと言えるだろう。

■冬季競技 記事一覧>>