グラミー賞を支える16億円の「即席スタジオ」と舞台裏の奮闘

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米国の音楽業界最大の祭典であるグラミー賞授賞式を支えるのは、約200人の音響スタッフをはじめとする裏方だ。2月12日に開催された第59回グラミー賞授賞式の前日、フォーブスは舞台裏を取材した。

「(グラミー賞を主催する)ザ・レコーディング・アカデミーは、アーティストの演奏を最高の状態で届けることに特別のプライドを持っている」。そう話すのは、授賞式の音声中継のアドバイザーでこの道29年のハンク・ニューバーガーだ。

ロサンゼルスのステイプルズ・センターを訪れた筆者が最初に案内されたのは、会場のすぐ外にある2台のトラックだ。このトラックの総工費は、1台あたり75万ドル(約8,500万円)。合計で最大192のオーディオトラックを処理できる機材を搭載している。万が一、1台のトラックで機材トラブルが生じても、もう1台で作業を遂行することが可能だという。

アーティストらはリハーサルの後、これらのトラックに立ち寄り、自分の演奏を確認する。エンジニアのボブ・ウォーティンビーは数年前、ミック・ジャガーが自分の演奏を聴きながら、ステージ上で上着を脱ぐタイミングを思案する場面を目撃した。「参考材料があるのはいいことだ」と、ウォーティンビーは言う。

もう一つの他の音響設備は会場の地下にある。楽器や大量の花、シャンデリア、ミラーボールといった装飾物が並ぶ横を進むと、トレーラーハウス大のトラックが停まっていた。このトラックの総工費は約1,400万ドル(約16億円)。内部はスタジオと潜水艦を足して割ったような空間だ。

ここでは、地上のトラックでミックスされた音源を、司会者のジェームズ・コーデンのトークや客席の歓声といった他の音と合わせ、光ファイバーと衛星を使ってニューヨークに送る作業が行われる。タイムラグは1秒以下。システムエンジニアのヒュー・ヒーリーは「約300のインプットを処理することができる」と話す。

ビヨンセが使ったゴールドのマイク

次に筆者は、木材パネルが貼られた小ぶりのトラックを訪れた。このトラックに搭載されているのは、プロトゥールス(音声をデジタル処理する機器)と、一部のアーティストが使うバッキングトラックだ。グラミー賞授賞式の演奏は基本的にライブだが、時間とスペースに限りがあるため、フルオーケストラなどの伴奏は録音音源が使われる。

バッキングトラックを一括するプロトゥールスミキサーのパブロ・ムンギアによると、数年前まではアーティストが各自の音源と機材を持ち込み、演奏直前に再生していたため、PCの起動が遅く演奏のタイミングが狂うといった惨事が頻発していた。「アーティストごとに異なるシステムを取り入れていた頃はややこしかった」と、ムンギアは言う。

ムンギアのトラックのそばには、1本5,000ドルはするシュア社やゼンハイザー社のワイヤレスマイクが60〜70個並んだテーブルもあった。アーティストによってマイクの好みは様々で、ビヨンセはゴールドの手持ちマイクがお気に入りだそうだ。

地下には他に、オペレーション全体を統括するスタッフのオフィスもある。オーディオコーディネーターのマイケル・アボットは、40人の音響プロフェッショナルと15〜20人のローカルスタッフからなるチームのリーダーだ。アボットは1984年からグラミー賞授賞式を担当しており、プロダクションの規模もトラブル防止対策も年々進化しているという。

もっとも、万全の体制を整えていても予期せぬトラブルは避けられない。昨年のアデルのステージでは、ピアノを持ち上げた際に内部でマイクが落下し、大きなノイズが発生。それをスタッフが修復しようと試みた際に、全体の音が数秒途切れるハプニングがあった。「失敗から学ぶしかない。我々ができることには限度がある」とアボットは言う。演奏の多くが、授賞式用に特別にアレンジされたものであることを考えれば、3時間半の中継で他に大きな問題が起こっていないのは奇跡だとも言える。

「アーティストがレコーディングスタジオで何週間もかけて行う作業を、我々は数時間で行っている」と、授賞式のオーディオミックスアドバイザーのグレン・ローベッキは話す。この高性能な即席スタジオは、授賞式の当日中に撤収される。そして再び、来年の会場に出現するはずだ。