シンガポール航空のフライトアテンダントになるのは狭き門。現地で「シンガポールガール」と呼ばれる彼女たちは、立ち居振る舞いからメイクの仕方まで厳しい訓練を受ける。

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■世界中のエグゼクティブが絶賛の「機内食」

人々の熱気に包まれた広間では、おいしそうな香りが立ち込めてきた。テーブルには、さまざまな国の料理が所狭しと並べられている。フレンチ、イタリアン、中華、和食、インド料理――前菜からメインディッシュ、デザートまで、その数100種類ほど。テーブルの周りをたくさんの人が行き来していて、料理をじっと見つめたり、撮影したり、メモを取ったり。数カ所にできている人だかりの奥には、コックコートを着たシェフが立ち、取り囲んだ人たちとにこやかに話をしている。

ここは、シンガポール市内の中心地にあるグランドハイアットホテル。シンガポール航空で出される機内食を披露する一大イベント「世界グルメフォーラム」の会場だ。シェフを取り囲んでいるのは、世界各国のジャーナリストや記者、料理の専門家たち。

シンガポール航空といえば、旅行代理店や調査会社のランキングでは常に最上位。かゆいところに手が届くサービスで人気のエアラインだが、なかでも機内食がグレート! と世界中のエグゼクティブから高い評価を受けている。

そんなグレート! な機内食をつくっているのは、アメリカ、フランス、イタリア、オーストラリア、インド、シンガポール、中国、日本の8カ国を代表する9人のスターシェフたちだ。数々の賞を受賞しているベテラン、新進気鋭の3つ星シェフなど、国際的に活躍する著名な顔ぶれが並んでいる。

フォーラムの会場には、8カ国9人のシェフも登場。自分の料理が並べられたテーブルの前に立ち、記者たちのインタビューを受けている。

イタリアのカルロ・クラッコ氏は、ミラノの2つ星レストラン「Ristorante Cracco」のオーナーシェフ。「機内食を通してイタリアの文化を世界に伝えたい」と熱く語る。

「常にモダンな技法を取り入れるようにしています。伝統は大事だけれど、料理は進化するものですから」“本場の味を守る”ことをモットーにしているのは、インドのサンジーブ・カプール氏。ムンバイでレストランを経営、60カ国で放送されている人気料理番組のホストも務める。

「いろんな国の人が食べる機内食だからって、食べやすいようにスパイスを減らしたりはしません」

黒塗りのお重やお椀が並び、ひときわ目立つテーブルの前にいるのは、日本から参加している京都の老舗料亭「菊乃井」の村田吉弘氏。高い技術を誇るが、京料理を機内で出すことの難しさを語る。

「飛行機の中では、感覚が鈍感になっています。舌も鼻も利きにくい。そのままの薄味で出してもおいしくないので、味つけには試行錯誤を繰り返しました」

村田氏は1998年からシンガポール航空の機内食開発に携わっている。今でも年4回、エアラインのスタッフが来日し、季節ごとのメニューを話し合うそうだ。

「内容が決まったら、こんどは調理スタッフの方たちがうちの店に来ます。料理の仕方から盛りつけまでしっかりお伝えしています。お金かけてるなあ、と感心しますよ(笑)」

皆が思い思いに取材している中、会場の一角に設置されたキッチンの横で、マイクを持った男性が叫ぶ。

「デモンストレーションを始めます」

黒いシャツにエプロンをした女性がフライパンを火にかけて、白身の魚を焼き始めた。調理しているのは、ロサンゼルスで5つのレストランを経営するスザンヌ・ゴイン氏。9人の中で紅一点、独創的なカリフォルニア料理のパイオニアとして注目されている。

「空の上でも、新鮮な旬の野菜を楽しんでほしいんです」

そう言いながら盛りつける皿には、ほうれん草やチェリートマトのサラダ。焼いたタラをのせたら、生のレモンを搾って出来上がりだ。少量ずつに取り分けられた料理が、来場者に配られる。こんなににみずみずしい野菜が、本当に飛行機の中で食べられるのか! にわかには信じられない。

シェフたちが狙う味と食感をできる限りそのまま再現できるよう、チャンギ空港の近くにあるケータリングセンターでは最新の設備を備えている。キッチンは国や地域ごとに分けられ、食材も細かく分類して管理。特に和食は繊細なので、村田氏の料理に使う食材はすべて日本から輸入するという徹底ぶりだ。上空8000mの機内とまったく同じ環境を再現した「減圧室」では、実際に乗客が食べるときにどのような味になるか、日々厳しくチェックされる。

9人のシェフが監修する機内食が食べられるのは、ビジネスクラス以上と、一部のエコノミークラス。現在16都市に発着する便では、メインディッシュを出発前に注文できる「ブック・ザ・クック」というサービスもある。たとえば、シンガポール発東京(羽田、成田)行きのスイート、ファーストクラスでは60種類以上、ビジネスクラスでは、40種類以上のメニューの中からチョイスが可能。

機内食は、どこまで進化するのだろうか。すでに、地上にあるほとんどの味を超えたかも!?

一流エアラインの動きから目が離せない。

(文・小野真枝 撮影・村林千賀子)