三浦泰年新監督と鹿児島の「熱」が呼応し、開幕に向けて気運を高めている。写真:佐藤明(サッカーダイジェスト写真部)

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 Jリーグ加入2年目の鹿児島が、新たに三浦泰年監督を迎えて、J2昇格を目指し船出する。鹿児島実業の卒業生でもあるG大阪や仙台での実績十分なMF松下年宏、大分や仙台の黄金期を支えたDF上本大海が加わるなど、メンバーも充実した。
 
 ニューイヤーカップでは若手主体の磐田に互角以上の戦いを見せ、熊本には痺れる展開で勝利を収めた。現在改修中の鴨池陸上競技場などスタジアム基準に関する課題は残すものの、この勢いを「J2昇格」に結び付けられるか。
 
 鹿児島とのつながり、就任からのチーム作りの手応え、そして新シーズンに向けた決意――三浦監督に話を訊いた。
 
 
――まず、鹿児島との縁は?
 
「監督になる以前、解説者として5年連続でキャンプレポートのため、鹿児島には来ていました。それからアビスパ福岡のチームメイトであり、鹿実(鹿児島実業)時代に全国制覇を成し遂げている久永(辰徳)の仲人を務めさせてもらい、結婚式のため鹿児島に来たこともあります。そのホテルが現在、鹿児島ユナイテッドが使わせてもらっているところなんです(笑)。
 
 あとは鹿実が二度目の全国制覇をした際の祝賀パーティーに招待していただいたり、清水エスパルスの強化部時代からの付き合いがあった岩下敬輔の結婚式に出席したり……慶事ばかりで、いろいろな良い縁を感じています。もちろん鹿児島で生活するのは初めてですが、見知らぬ街に来たという感じがしませんね」
 
――就任までの経緯は?
 
「シーズン終了後、ゼネラルマネジャー(GM)の登尾(顕徳)から『今後のことについて話をさせてほしい』と声を掛けてもらいました。その席で、クラブの明確なビジョンとコンセプトについて、そしてなぜ私を監督として必要としているか、そういった説明を受けました。
 
 北九州時代に監督と選手という間柄だった登尾がGMだったこともあり、先に見据えるものを共有しやすく、ビジョンもはっきりと見えました。登尾は鹿児島出身で、このクラブに懸ける情熱も伝わってきました。すぐに、とても前向きになれる環境だと思いました」
――鹿児島の雰囲気は?
 
「Jリーグ創設直後は横浜フリューゲルスがまず2年間、鹿児島を準本拠地のひとつとしていましたが、さらにJクラブのキャンプ誘致を日本で最初に成功させた街であり、そこが鹿児島とプロのかかわりのスタートと言えます。もちろん、それ以前から、高い身体能力を持ったレベルの高い選手を数多く輩出してきました。
 
 高校サッカーが盛んで、鹿児島実業という名門があり、さらに鹿児島城西、神村学園などが力をつけてきました。高校サッカー文化が根付いていて、そこに、ようやくプロクラブが誕生し、新しい歴史が始まった。鹿児島はサッカーとのつながりが密接で、歴史もあり、何よりパワーのある街だと感じます。人の持つパワーを実感しますね」
 
――その鹿児島ユナイテッドに、どのような『泰年カラー』を付けていきたいですか?
 
「よく自分のどのような『色』をつけたいかと言われ、地元メディアの方も『三浦ユナイテッド』をどのようにしたいか? とおっしゃってくれました。でも、僕はまず鹿児島ユナイテッドのカラーを付けていくべきだと思っています。僕のユナイテッドでは、決してありません。
 
 鹿児島の皆さんに愛されるクラブであり、そういうユナイテッドであってほしい。そのためにも、やはり選手が自由に躍動するサッカーを作り上げていきたいです。
 
 もちろんチーム内の基本的なコンセプトはありますが、そのうえで選手が試合中に僕のほうをいちいち確認するのではなく、どういうことを考えているかを把握していて、それを体現できるチームを作っていきたい。それをカラーと呼んでくれたら有難いです」