小林可夢偉に、新しい彼女ができた。

 無論、プライベートにまつわるゴシップ話ではなく、今年コース上でともに戦う”お相手”のことだ。


今季もWECとスーパーフォーミュラにダブル参戦する小林可夢偉「もうご挨拶も済んで、まぁ順調だと思います。相性がどうかとかはまだわからへんけど、大丈夫だと思います」

 可夢偉はこれまで2年間戦ってきた名門のチーム・ルマンを離れ、3年目のスーパーフォーミュラをKCMGという新たなチームで戦うことになった。


「ほら、女の子って3年以上付き合ったらアカンって言うじゃないですか。2年目のジンクスってヤツ(笑)? (チーム・ルマンとは)まぁ、自然消滅みたいなもんかな。そこにたまたま別のいい女の子がいたっていうことですよ」

 チーム移籍を、可夢偉はそう語る。

 KCMGは2007年に香港をベースに設立された、いわば新興チームのひとつだ。スーパーフォーミュラには、まだフォーミュラ・ニッポンと呼ばれていた2010年から参戦しているが、これまで勝利はない。

 それでも可夢偉は、名門を離れる決意をした。何をどうやってもクルマがうまく決まらない、という原因不明の問題を払拭するためには、新天地でイチから出直すことが必要だと感じたからだ。

「メリットはやっぱり心機一転でやれるっていうことと、今まで何が悪かったのかっていうことの確認もできるし、これまでとは違うエンジニアと組むことになって、どうやってクルマを作っていくのかっていう新しい経験をすることで、自分の引き出しも増えるだろうと思うし。デメリットもあるかもしれないけど、それはやってみないとわかんないから」

 今まで何が悪かったのか――。それはおそらく、クルマが何らかの不具合を抱えていて、セッティングではどうすることもできない類(たぐい)のものだった。可夢偉は昨シーズン閉幕後に1度だけKCMGでテストドライブをして、その感触を強くしていた。

「クルマが変わるから(昨年のような原因不明の問題がなければ)楽になるとは思います。セッティングに関してはエンジニアの言われるがままにやって、僕は乗ることだけに集中して、『ドM』になろうかなって思ってます(苦笑)。まぁ、柔軟に対応しながらやっていこうと」

 4月の開幕までに残された準備期間は、それほど長くはない。実はスーパーフォーミュラの公式テストがWEC(世界耐久選手権)のテスト日程と重なっており、開幕までに可夢偉がテストできるのは1回だけになってしまいそうなのだ。

 限られた機会と時間のなかで、まずは昨年の問題のひとつだったクラッチの感触を確かめておきたいと可夢偉は言う。

「まずはスタートですね、スタートの練習をしたいな。1年目はうまくいってたし、(自分自身に)問題ないとは思うんですけど、クルマが変わるからクラッチの感触は確かめて、スタートだけは確実にしておきたいなって思いますね。っていうくらいで、あとは(セットアップは)毎回サーキットによって違うからなんとも言えへんし、実際にそのときになってみないとね。

 タイヤもまだ今年バージョンがどんなものになるかわからへんから、実際にテストで走ってみて『どんな感じやろ?』っていうくらいで、こればっかりは実際に走ってみないとわかんない。もちろん、自分自身のドライビングにも満足はしてないし、自分なりに『こうしたほうがいいかな?』っていうイメージは浮かんでるんで、テストが少ないなかでそれをどうやってカバーしようかなっていうのを考えてるところですね」

 KCMGは1台体制の新興チームで、まだ上位で争った経験もなく、可夢偉の加入とともに飛躍を期している。それだけにドライバーとしての責任は重大で、可夢偉の肩に圧しかかるものも大きくなる。

 しかし、可夢偉は硬くなり過ぎず、”自分らしさ”を武器に暴れてやろうと思っている。いや、昨年は見せることができなかった自分らしさを取り戻したいと願っているのかもしれない。

「責任重大かもしれないけど、あんまりそういうことは気にしてないんです。自分らしくやって、いいクルマを作れるようにチームと一緒にがんばっていきたいと思ってます。クルマがよくないと勝てないレースやっていうことは、この2年で実感したんで(苦笑)」

 冷静に見れば、昨年までの実績を考えてもKCMGが今すぐに勝てる場所にいないことは、誰の目にも明らかだ。もしかすると、チーム・ルマンで勝利を目指すよりも難しいことかもしれない。

 それは、可夢偉自身も重々承知している。

 しかし、それでも勝ちたい。勝ちたいからこそ、真っ暗ななかで光も見えずにあてもなく彷徨(さまよ)う道ではなく、薄暗くても一筋の光さえ見つかれば、それが眩(まばゆ)い光になる可能性のある場所で新たな挑戦をすることにした。

「(今すぐに勝つのは)簡単ではないですよ。でもレースをやるからには、勝つためにここにいるわけやから、勝てるように戦っていきたいと思ってます。クルマさえきちんとハマれば勝てると思ってますしね。

 このチームが今まで勝ったことがないっていうのは事実やし、去年は0ポイントやったけど、チームとしても何かどうにかしたいっていう気持ちがあるし、僕も心機一転でがんばりたいっていうところやったから。そういう意味では、ここでうまくマッチングすれば強いチームになれるんじゃないかと思ってるんです。その結果として優勝できるかどうかはわからないけど、お互いに(なんとかしたいという)強い気持ちがありますから」

 この日、可夢偉は「気持ち」という言葉を何度も強調した。

 マシンを磨き上げるために、どれだけ身も心も捧げることができるか。それを、新天地の新たな”彼女”とともに探究したいと願っている。

「今のスーパーフォーミュラはかなりクルマの出来・不出来に左右される部分があるし、あれだけぶっちぎりで速かったセルモ(2016年のチャンピオンチーム)ですら、次のレースでドベ(最下位)走ってたりするんですからね。ドライバーの腕だけではどうすることもできないところに来てるんです。

 だからこそ、エンジニアとうまく連携してクルマをうまく仕上げることっていうのが今年の目標のひとつになるし、その点、スーパーフォーミュラ(で速いクルマを仕上げること)はF1ほどお金がすべてっていう世界でもないからこそ、気持ちっていうのがすごく大事やし、チームとしてものすごくモチベーションを持ってるから、それが実れば大きな結果につながるんじゃないかと思うんです」

 一方、昨年ランキング3位となったWECでは、今季さらなる成功を期している。

 トヨタの豊田章男社長が自ら「昨年目前で逃した勝利を勝ち獲りたい」と宣言したル・マン24時間耐久レースの優勝が、まずは第一目標だという。

「まずはル・マンで勝つことが目標なんで、そこに行くまでの2戦でどれだけ形にできるかやと思います。まずはそこに集中して、ル・マンで勝負したいなと思ってます」

 その先には、もちろんWECのドライバーズタイトル獲得という目標も見えている。

「ル・マンで勝てば(ポイントが2倍なので)自動的にドライバーズタイトルもかなり可能性が高くなると思うんで、まずはル・マンで勝つことに集中していきたいなと思ってますね。そうしないとそこ(タイトル)につながらないっていう意識も持ってますし。タイトルも目標としては頭のなかにあるけど、まずはそこに向けたひとつ目のステップとして『ル・マン優勝』っていうふうに考えてます」

 目下ヨーロッパで開発とテストが進められているマシンTS050 HYBRIDの詳細はまだ聞かされていないという可夢偉だが、昨年のWTCC(世界ツーリングカー選手権)王者のホセ・マリア・ロペスがチームメイトに加わり、トヨタとしてはル・マンに3台体制で臨むなど必勝体制を敷いている。

「去年は僕がルーキーやったけど、今年は立場が変わるっていうこともあるし、新しいチームメイトを迎えてどうなるかはまだわかりませんけど、うまく経験をシェアして強いチームを作っていきたいと思ってます。比較的若いチームなんで、若いなりに勢いよく戦っていくっていうことが大事やと思うし。自分としては2年目ですごく自信もあるし、自分の力を出せるように準備していくことだけですね」

 WECでも、スーパーフォーミュラでも、2017年は可夢偉らしい大暴れの走りを見せ、表彰台の頂点に立つ姿を見せてくれるだろうか。

「はい、大丈夫です。去年満足してないのは、結果。やっぱり、結果がすべてでしょ。結果がよければ何でもいいっていうタイプの人間なんで!」

 可夢偉の新たな挑戦が、ここから始まる――。

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