サイクロン掃除機の元祖にして、羽根のない扇風機「エアマルチプライヤー」や小型の大風量ヘアドライヤー「Dyson Supersonicヘアードライヤー」などで知られるダイソンが、シンガポールに「SG Technology Centre(シンガポール・テクノロジーセンター)」を新設しました。本部のイギリスと合わせて24時間絶えることなく研究開発ができる環境を作るべく開設されたシンガポール・テクノロジーセンターは、人工知能、機械学習、ロボット工学など「ハードウェアとソフトウェアの融合」によって、未来のダイソンを作り出すコアとして位置付けられるとのこと。オープンイベントに参加して、テクノロジーセンターを見学し、ダイソンの「未来の展望」の一端に触れることができました。

シンガポールにある「シンガポール・テクノロジーセンター」に到着。



エントランスは開放的な空間になっています。



ゲートをくぐってオープニングセレモニーが行われる会場へ。



会見の準備が行われていました。



壇上にはダイソン製品。



会場の隅にはルーフがユニオンジャックカラーのミニが展示されています。





隣にはカフェテリア。



普段はこんな状態。



ここは、シンガポール・テクノロジーセンターで働くダイソン社員が普段から使っているカフェで、ガラスケースのサンドイッチやパンを注文できるようになっていました。





キーノートスピーチの開始を待ちます。



ふと見上げると、照明はダイソンの「Cu-Beam(キュー・ビーム)」が使われていました。



会場に、続々とダイソン社員が集まり始めました。



最終的にはすし詰め状態に。



◆キーノートスピーチ

ジム・ローウェンCOOに続いて、ジェームズ・ダイソン氏のスピーチが始まりました。

Iswaran大臣(シンガポール通商産業大臣)、そして世界中のみなさま。最新のテクノロジーセンターにお越しいただき大変光栄です。



ダイソンが小さな、限られたエンジニアリングチームとシンガポールで仕事を始めてちょうど10年が経ちました。私たちの課題は、世界最速のデジタルモーターを開発し作ることでした。そのような複雑なモーターを開発するために必要な技術とサプライチェーンを持つ、数少ない国の一つがシンガポールだったからです。

最小のデジタルモーター「V9」を取り上げてみましょう。このモーターは1分間に11万回も回転します。これは同等性能をもつ他のモーターの8倍高速で半分の重量しかありません。このV9がヘアドライヤーの「Dyson Supersonicヘアードライヤー」のコアに鎮座しています。このモーターは超音速で回転するため静かです。手になじみ、バランスを取れるようにヘッド部分ではなくハンドル部分にモーターは搭載されています。開発には4年間の研究開発と5000万ポンド(約71億円)の投資が必要でした。このダイソンデジタルモーターV9こそが私たちの日常製品を根本的に再考することを可能にしました。その内部機構は非常に精緻で軍用レベルにクラス分けできるほどです。そのため輸出には特別な許可が必要とされました。私たちは今や年間で1300万台のモーターをシンガポールのウェストパークで製造しています。



ダイソンが持つ「技術における野心」を現実のものとするために、シンガポールとの関係をより深めていることは偶然ではありません。私たちには世界中に優秀なすばらしい人材がいます。共に働くことで、さらなるブレイクスルーを生み出せると願っています。新しい技術は、デジタルモーターがそうであったように、私たちを前進させます。ハードウェアが高い精度の部品で作られているのと同様に、このモーターはアルゴリズムとコードであふれています。ソフトウェアはハードウェア企業をより速く推進させます。とても高速にです。これはソフトウェア企業を推進させる速度以上にです。この力はソフトウェアとハードウェアの2つが協働することで生み出されます。



それゆえ、私たちの関心は幅広い分野にわたります。人工知能、機械学習、ハードウェア・ソフトウェア、ロボット工学、流体力学、ビジョンシステム、バッテリーセル、スーパーキャパシター、音響とリストに連なっていきます。

ダイソンは知性高い技術の開発に注力しています。みなさんが望むことを実際にする前に知り、期待させる製品を作っています。この「機械学習」は私たちの製品に、その環境を理解し反応する知性を与えてくれます。それは私たちの将来の中心にあるものです。私たちは最高の知性を求めています。シンガポールはエンジニアの社会への貢献を理解し、高く評価しています。さらに重要な事に、高い熟練した技術を持つ卒業生がいます。シンガポールのリー首相は、「エンジニアリングはシンガポールの将来に重要だ」と述べました。指導的立場にある人からこのような言葉を聞けることは爽快です。

すべての人の未来にとってエンジニアリングが重要であると私は信じています。世界はグローバルな技術競争に握られています。エンジニアだけが最も大切な問題を解決することができます。自動車の内燃機関からの汚染が有害であることは知られてきました。大気汚染は誰にでも影響を与えます。シンガポールのような素晴らしい近代国家でさえそうです。私たちの惑星から危険な汚染物質を取り除き、実際にそれを最前線で防いでいるのはエンジニア達です。このセンターはその戦いの一部です。私たちはコネクティッドな(IoTを活用した)次世代の空気清浄技術を開発しています。この技術は私たちがいる環境の空気をクリーンに保ちます。加えて、私たちはバッテリーとデジタルモーター技術を研究しています。これらはクリーンエネルギーの未来に貢献することでしょう。



ロボット工学は、もう一つ別の世界的な機会です。生活のプロセスを改善することで、都市、家庭、職場を変えるパワーを持っています。ダイソンのロボット技術におけるビジョンシステムは、自動ロボット掃除機に周囲の環境を見て理解させることができます。マシンは自分の周囲360度の映像からどこにいるのか、どこにいたのか、そしてまだ行っていない場所についても知ることができます。それは複雑なハードウェアとソフトウェアを融合することで知性と高いマシン性能を作ってます。この掃除機の力は、シンガポールのデジタルモーターに行き着きます。

ダイソンはエンジニアを信じ、革新的な技術を信じています。私たちはエンジニアと技術の両者に投資し、環境を整備してそれらをサポートします。究極的には「成功」には、長期的な投資と国際的な見通し、そしてこの哲学を理解する政治的アジェンダが要求されます。シンガポールは明らかにその最前線に位置し、未来への大志があります。ダイソンもまた同じ大志を抱いています。シンガポール政府とEDBに非常に感謝しています。エキサイティングで創造的なことが起こるでしょう。ありがとう。



スピーチの後にはシンガポール・テクノロジーセンターのオープニングセレモニーに駆けつけたIswaran大臣とがっちり握手。



ヘアドライヤーについて談笑するダイソン氏とIswaran大臣。



ダイソンが10年間で築いてきたシンガポールとの密接な関係性を感じさせる光景でした。



ダイソン氏のメッセージは、ダイソンの製品開発におけるシンガポールの重要性がさらに高まることへの展望だけでなく、シンガポールで働くエンジニアに対する期待を感じさせるメッセージとなっており、いずれにせよダイソンの研究拠点としてのシンガポールの重要性を内外にアピールする形となりました。

◆テクノロジーセンター・見学

キーノートスピーチの後、イギリスに次ぐ2番目の規模の研究・開発施設のシンガポール・テクノロジーセンターを見学させてもらいました。レセプションスペースはこんな感じ。



とはいえテクノロジーセンターはダイソンの技術を開発する拠点であり、ダイソン製品が展示されたスペース以外の写真撮影は一切不可。



なお、展示スペースの中央には、「羽根のない扇風機」としてダイソンの技術力を示した「Dyson Pure Cool Link空気清浄機能付ファン」の分解モデルが展示されており、デジタルモーターを見ることができました。



シンガポール・テクノロジーセンターのオフィスは仕切りのないオープンスペース。



フリーアドレス制で好きな場所で仕事ができるため、エンジニア同士で大小さまざまなミーティングを開けるとのこと。



少人数でのミーティング。



MicrosoftのSurface Hubを使っているようです。



集中して作業できるように、青色や紫色などの鮮やかなパーティション付きデスクもあり。



スタンディングデスクスタイルのミーティングルームは、壁だけでなく開放的なガラスの壁面にも書き込むことができるようになっていました。ちなみにミーティングルームは偉大な科学者数学者の名前が付けられており、「ティム・バーナーズ=リー」という部屋もありました。ダイソン氏のスピーチであったとおり、ハードウェア企業としての強みを持つダイソンは「ハードウェアとソフトウェアの融合」を大きなテーマに掲げており、ミーティングルームの名付けからも、ソフトウェア・エンジニアリングの重要性を意識しているのが伺えます。



オフィスの照明はダイソンのLED照明「キュー・ビーム」。キュー・ビームはジェームズ・ダイソン氏の長男ジェイク・ダイソン氏が起業した工房が開発した照明で、ヒートパイプでLEDを冷却することで37年という長寿命を実現したLEDライト。ちなみにジェイク氏は2015年にダイソンに合流しています。



シンガポール・テクノロジーセンターの大きな特長の一つが、オフィスと開発現場との距離。



エンジニアたちがPCが置かれたデスクから扉を隔てたすぐ近くの場所に製品を開発するワークスペースが置かれており、アイデアをすぐに試せる環境にあります。すべてのエンジニアは実践により「失敗」を繰り返して学ぶことで新しい技術を確立し、製品のレベルを高めていくという作業が延々と繰り返されています。



ダイソン製品の「音」に対する徹底的なこだわりが垣間見られたのが半無響室を備えた「Acoustic Lab(音響ラボ)」。壁と天井に吸音楔(くさび)を備えることで100Hzまでの反響を取り除ける無響環境を実現。10基のマイクを備えた半球体、インテンシティプローブ、独自のソフトウェアを駆使して騒音レベル、音の方向性、音質を検証できる音響ラボには、2000万シンガポールドル(約18億円)が投じられたとのこと。すべてのダイソン製品はこの音響ラボによるテストを経て製品化されていきます。



パワフルながらもノイズが少ない「Dyson Supersonicヘアードライヤー」も、この音響ラボで開発されました。ノイズだけでなくハーモニー、トーンなど80項目をチェックするとのこと。この徹底的な試験によって、圧倒的な大風量にもかかわらず、一般的なドライヤーと違い「使いながら会話ができる」レベルにまで静音性を高めたというわけです。ちなみに、無響室から二重のドアを隔てた一室では、「ボブ」と名付けられたヘッドホンを装着した人型のロボットが、製品を実際に使用して生じるすべての音声データを記録していました。



Dyson Supersonicヘアードライヤーのこだわりは音だけにとどまらず、使ったときの髪の輝き、スムーズさ、張りなどをも追求しています。傷みの少ない髪のために熱によるダメージを防ぐ工夫がこらされており、プロのスタイリストを満足させる性能は、マシンの品質を物語るものだとのこと。



専用の機器を使ったさまざまな分析テストが行われていきます。試験はすべて科学的な視点から行われており、データは数値や画像で表示され視覚化されます。



Dyson Supersonicヘアードライヤーの音質を決める重要なのがインペラ。人間の耳で聞こえる波長外のノイズを減らすために、1年がかりでペラを改良。11枚だったペラの数を13枚に変更することでノイズを減らしたとのこと。パーツの細部にも驚くほどの改良が施されており、ダイソン基準の凄まじさを伺わせます。



風量や空気の流れ(エアフロー)を研究するチャンバー試験。



エアフローをマッピングすることで、見えない空気の流れを可視化しています。



エアフローは実際にドライヤーを使った時のユーザーの感覚を大きく左右するとのこと。スムーズかつ集中させた風を送り込むことによって、ヘアデザインを最適な状態に保てるとのことで、これこそがDyson Supersonicヘアードライヤーの技術の根幹だと解説していました。



頭髪の質は人種によっても異なります。一般的に断面が丸いアジア人の髪と楕円形のヨーロッパ人、カールしている断面の平たい髪などの違いがあり、あらゆるパターンの髪をテストしているとのこと。ばらつきを排除するべくキューティクルが揃い、色が厳密に一致した管理の行き届いた毛髪のみテストに使用するという徹底ぶり。「5年前には髪のことはまったくわからない状態でした。それを、この4年で『ヘア・サイエンス』のレベルまで研究しました」とエンジニアは語っていました。



なお、製品の耐久性を調べる環境性能ラボでは、加速実環境試験で加熱する部屋全体の放熱性を高めるため、壁・天井がすべてアルミニウムで覆われていました。



ソフトウェア部門のエリアへ向かうまでの壁には無数のDyson Supersonicヘアードライヤーが並んでいる、その名も「Supersonic Wall」がありました。



Dyson Supersonicヘアードライヤーはオブジェとしても通用するレベルのデザイン性を持っているという証です。



ハードウェアとソフトウェアの融合を目指すダイソンのソフトウェア開発部門では、Dyson 360 Eyeロボット掃除機が「家庭」を想定し再現した部屋である「コネクテッドスタジオ」を駆け回っていました。部屋の隅には複数台のカメラと感知装置が設置されており360 Eyeロボット掃除機のモーションをチェック。アルゴリズムの改良と性能向上がもたらされるそうです。



コネクテッドスタジオではロボット掃除機だけでなくネットワークでつながるすべての物(コネクテッドデバイス)を研究しており、人工知能や機械学習、ビジョンシステムなどまだ製品化されていない「テクノロジーの芽」が育てられています。



なお、立ち入りが許されなかった「Future Lab」と呼ばれる開発エリアも常設されています。Future Labでは、エンジニアは周囲の視線から逃れて機密プロジェクトに取り組めるそうで、「衣類を電子レンジにかける」「コップを浮遊させる」など無限に広がる想像力を存分に発揮できるとのこと。思いついたアイデアが有望だと確信すれば徹底的なテストを行い、その成果がチーフ・エンジニアのダイソン氏に響くと、プロジェクトは「New Product Development(新製品開発)」へと引き継がれ、製品化の実現に向けて始動するそうです。



一部のデジタルモーターを除きダイソン製品はマレーシアとフィリピンで生産されています。本部のあるイギリスの研究開発機能を拡張したシンガポール・テクノロジーセンターによって24時間止まることのない開発態勢が整うことになったとのこと。さらに、マレーシア、フィリピンという製造現場と地理的に近いシンガポールには「コントロールタワー」と呼ばれる物流を管理する部門を新設。物流の様子がリアルタイムで追跡可能なモニターが設置され、製造・物流までをコントロールすることが求められています。ダイソンは2016年に1300万以上の製品を、40億個以上の部品を用いて製造し、世界75カ国で販売しているとのこと。生産数は過去4年で2倍以上に増えており、今後の4年間でさらに倍増させる予定。さらなる生産能力の拡大にコントロールタワーが果たす役割は重要性を増しそうです。



◆ウェストパーク

シンガポール・テクノロジーセンターから自動車で30分ほどの「ウェストパーク」では、Dyson Supersonicヘアードライヤーの心臓部であるダイソンデジタルモーター(DDM)「V9」などのモーターを製造しています。DDMの製造拠点であるウェストパークには2億5000万ポンド(約360億円)が投じられ、2.6秒に1個の割合でDDMが製造されているとのこと。シンガポール・テクノロジーセンターに引き続き、ウェストパーク内の生産ラインも見学させてもらいましたが、製造現場は一部を除き撮影は禁止でした。

「DDM V6」の製造ラインでは、ベアリングとスプリングの組み立てはクリーンルーム内で行われていました。その後、マグネット、コイル、インペラ、フレーム(モーターの外枠)などの各パーツが組み込まれていきますがすべてが自動ロボットでの作業。なお、ローターとフレームを組み立てる自動ロボットは3億ポンド(約430億円)の設備投資をしたとのこと。自動で組み立てるロボットの大半が日本製でした。組み立てたパーツはすぐにバランスチェックがなされます。ロボットから「不良品」としてテストに落第したパーツが赤色のケースに仕分けられているのが確認でき、小さなモーターの回転軸やペラのバランスを取るには高度な精密さが要求されることがうかがい知れました。







ウェストパークで1年間に製造するモーターは1300万ユニットとのこと。ちなみにDDM V6を製造する広大なエリアにもかかわらず、オペレーションにあたっているのはたった15人だそうです。



そのDM V6以上に「無人」化が果たされているのが、Dyson Supersonicヘアードライヤーで初めて採用された「DDM V9」の生産ライン。ローターの製造システムは九州の平田機機工が設計。その他の製造機器も日本製のものが目立ちました。

削り出されたDDM V9のインペラ。軸受け部分にレーザーで彫られた正方形のバーコードで品質管理をしているとのこと。ペラの表面は磨き処理はしなくてもピカピカの状態。



完成品のモーターのフレームにもバーコード。



組み込まれたインペラ。



インペラの反対側にはコントロールユニット部分。ブラシレスのデジタルモーターを精密なコントロールで毎分11万回転させます。



ウェストパークのそばにはコンテナを運び出す建物。ウェストパークで作られるデジタルモーターは、すみやかにマレーシア・フィリピンに送られていくようです。



ダイソンは中期的に3億3000万ポンド(約480億円)をシンガポールに投じる計画だとのこと。ちなみにダイソンの頭脳とでも言うべき研究開発の拠点を本部のイギリスから拡張しつつ、製造現場の状況をリアルタイムに把握する役割を果たす「コントロールタワー」が置かれるシンガポール・テクノロジーセンターは、シンガポール国立大学の隣に建設されています。ダイソン・シンガポールで働く従業員は1100名ほどで、そのうち約350人がエンジニアですが、ダイソン・シンガポールは今後、全従業員の50%をエンジニアにするべく優秀な人材を採用する予定です。