『フェアリーテイル・ファイナルズ――おとぎ話のような決勝戦――』

 全豪オープン男子決勝戦のカードが決まった翌日の地元紙『ヘラルド・サン』の朝刊には、そうつづった大見出しが躍っていた。


ラオニッチは今年こそグランドスラム初制覇なるか 35歳のロジャー・フェデラー(スイス)対30歳のラファエル・ナダル(スペイン)――。ふたりの対決は実に35度目を数えるが、グランドスラム決勝の舞台で最後に対戦したのは、2011年6月の全仏オープン。特に昨年は、フェデラーがひざのケガでウインブルドンを最後にツアーを離れ、ナダルも手首の負傷によりシーズンを早めに切り上げていた。その背景を思えば、今回の決勝戦はまさに「おとぎ話」のような結末であった。

 多くのファンが今回のフェアリーテイルに歓喜し、現にフェデラー対ナダルの決勝のテレビ視聴者数は全世界で高い数字を記録した。しかし、その陶酔の裏でささやかれたのは、テニス界の現状を危惧する声でもある。

「次の世代は、どこにいった?」

 それは過去数年、問われ続けてきた命題であり、今年最初のグランドスラムで改めて多くの識者の頭を悩ませた謎である。

 ここ数年の実績やランキング等から見ても、次にグランドスラムを獲得するだろうと目される選手群の双頭は、ミロシュ・ラオニッチ(カナダ)と錦織圭なのは異論のないところだろう。今季はそこに、開幕戦のブリスベン国際でラオニッチと錦織を破って頂点に立ったグリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)が改めて名乗りを上げた。

 この3選手が本格的に、「テニス界の未来」と目されるようになったのは2014年。ラオニッチとディミトロフはウインブルドンでベスト4に勝ち進み、錦織が全米オープンで準優勝した年である。

 それら3選手のなかでも昨シーズン、厚い上位勢の壁にヒビを入れ、頂上にもっとも肉薄したのがラオニッチだ。全豪ではベスト4に進出し、特に準決勝でアンディ・マリー(イギリス)をもたじろがせた超攻撃テニスは、彼の進化を多くの人々に印象づけた。時速240キロに迫る高速サーブにバリエーションを加え、ネットプレーの回数も増やした成長の背景には、新コーチに就任した元世界1位のカルロス・モヤの存在があった。

 その全豪での活躍が偶発的なものではないことは、約半年後のウインブルドンで証明される。ボレーの名手として知られるジョン・マッケンローを期間限定でアドバイザーに雇ったラオニッチは、準決勝でフェデラーをフルセットの死闘の末に撃破。往年の「レジェンドプレーヤー」を惜しみなく指導者に起用し、彼らの叡智(えいち)を取り入れ進化していく様(さま)は、その先に頂点奪取があることを周囲に想像させた。

 昨シーズン末、そのモヤとの師弟関係を契約満了につき終了させたラオニッチは、成長のプロセスが次なる章に移行したことを明言するかのように、またも新たな「往年の名選手」をチームスタッフに加える。それが、リカルト・クライチェック。1996年のウインブルドン優勝者として知られるビッグサーバーであり、引退後はロッテルダム大会のトーナメントディレクターを務めるなど、テニスの現場と深く関わり続けてきた人物だ。

 そのクライチェックをチームに招いた理由を、理論家のラオニッチは簡潔に説明する。

「今のトップ選手たちは、ベースライン上ですばらしい動きをする。ベースラインでの打ち合いでは、僕は彼らを上回ることはできない。だから、前に出ていく必要がある。

 リカルトは僕のテニスをより攻撃的に変えていくうえで、必要なアドバイスを与えてくれる。前に出ていく動き方を教えてくれる。ボレーの技術面でもオフシーズンに修正を加えてきた。僕が目指しているのは、ネットプレーをより安定させていくことだ」

 同時にラオニッチは、オフシーズンに集中的に取り組んできた点として、「プレッシャーのかかった場面で、どのようにプレーすべきか」を挙げていた。特に彼の心に深く刺さっていたのは、昨年の全豪、そして6月のクイーンズ大会でいずれもマリー相手に喫した惜敗だった。

「リードしていながらミスをして勝機を逃した。あのような局面でどのようなサーブを打つかなどを練習してきた」

 いつもながら彼の説明は、明瞭にして論理的だった。

 ただ皮肉なことに、彼が自覚し取り組んできた課題は、今回の全豪準々決勝の対ナダル戦で、改めて両者を隔てる差として浮かび上がる。

 この試合のラオニッチは太ももに痛みを抱えながらのプレーであったが、そのなかでも勝機があったとすれば、第1セットを落とした後の第2セット。このセットで彼は、計6本のセットポイントを手にしていた。しかしそのいずれも、幾つかはナダルの好プレーのため、そして残りはダブルフォルトを含む自身のミスのために逃す。

「早くポイントを終わらそうとして、焦ってしまった……」

 重ねたミスの訳を、彼はそう振り返った。

「焦ってしまった」「重要な局面でこそ相手はいいプレーをしてきた」

 これらの言葉は、実はラオニッチのみならず、錦織やディミトロフらがいわゆる「ビッグ4」と競り、そして敗れた際に口にしてきたものである。

「集中力が欠けたひとつのゲームで、こういう差が出てしまう……」

 これは今年の全豪4回戦で、フェデラーに敗れた後の錦織の弁。追い上げもつれ込んだファイナルセットの最初のサービスゲームで、ブレークを許したことを指している。

「彼は、なぜ彼が”ラファ”であるかということを強烈に証明した」

 個性がにじむ言い回しでそう言ったのは、全豪準決勝でナダルにフルセットで敗れたディミトロフである。5時間に迫る死闘の末に、ディミトロフはひとつのダブルフォルトを機にブレークされ、対するナダルは危機をサービスエースで逃れた。

 積み上げてきた栄光と、踏破した場数に依拠する自信や集中力の差が、「ビッグ4」と後続を今なお峻烈(しゅんれつ)に隔てている。

「フェアリーテイルのような決勝戦」は、多くのファンに郷愁を伴う甘美なひと時をもたらした。ただ、それが”おとぎ話”として人の心を打つのは、「本来ならあり得ない奇跡的な出来事だ」という大前提があるからだ。

「世代交代は起きるべき」との認識は、人々の意識の根底にある。それを起こすのは、次代を担う者たちの使命だ。

■テニス 記事一覧>>