イルカをキャッチ&リリースした父【こだま連載】

写真拡大

【こだまの「誰も知らない思い出」 その8】

――――――――――――――――――
 自身の“愛と堕落の半生”を、ユーモアを交えて綴った『夫のちんぽが入らない』(1月18日発売)が早くも話題の主婦こだま。

 彼女は閉鎖的な集落に生まれ、昔から人付き合いが苦手で友人もいない。赤面症がひどく、人とうまく話せなかったこだまはその日の出来事をノートに書いて満足するようになった。今はその延長でブログを続けている。

 家族、同級生、教員時代の教え子、相部屋の患者。当連載は、こだまが、うまくいかないことだらけの中で出会った、誰も知らない人たちについての記録である。
――――――――――――――――――

◆イルカをリリースした父

 暇を持て余し、ひとりで実家に帰った。私には昔から友人がいない。一緒に出掛けたり話し相手になったりするのは家族だけである。

 この日、家に到着すると肩からクーラーボックスを下げた父がいた。知人の小型船に乗せてもらい釣りを楽しんで帰ってきたばかりだという。クーラーボックスを開けるとカレイが70匹も入っていた。

「クジラを釣っちまったのよ」

 開口一番、父は神妙な顔で言った。

「クジラ? 釣竿で?」

「そう。海に放してやったけどな」

 本気だ。大真面目だ。もともと冗談を言う人ではない。

「父さん、それほんとにクジラだった? クジラは釣れないよ。転覆するよ」

「・・・・・・じゃあ、あれはシャチか」

「シャチも釣れないと思うよ。シャチってのは黒い体に白い丸のついた大きいやつだよ」

「・・・・・・シャチじゃねえな」

 話がどんどん怪しくなってきた。

「名前はわからんが、そいつは遊んで欲しくて船の周りを3頭でぐるぐる回っていたんだ。遊んでやろうと思ったんだけどよ、釣っちまったわけだ。ガハハ」

 ガハハじゃないよ。ものすごい力で船ごと引き摺られたのち、釣り糸が切れたという。もしやイルカではと思ったが、この世にイルカを知らない大人がいるだろうか。念のため水族館のHPを開いて見せると「そうそう、これ」と嬉しそうに答えた。イルカである。しかも「可愛かったナァ・・・・・・」などと悪びれずに言う。海のアイドルになんてことしてくれたんだ。私はこの先イルカを見るたび感傷的な気分になると思うが、父は「遊んだナァ・・・・・・」と懐かしむのだろう。納得いかない。
 そんな話をしていると母が帰宅した。家の中が生臭くなっていることに怒り狂っている。

「クーラーボックスを洗うところまでが釣りなんです!!!! それが出来ない人間は釣りをする資格がありません!!!! まず魚を冷蔵庫に入れなさい!!!! 何考えてるの!!!!」

 私まで一緒に怒鳴られた。父と二人でそのあとクーラーボックスを運んだ。父母と私は来月一泊旅行の約束をしている。また行く先々で父が余計なことをするのだろう。そして二人まとめて怒られるのだ。私には未来が見える。

 水ですすいだクーラーボックスを日なたに立てかけた。その横で母のベージュの補整下着が初夏の風にそよそよ揺れている。なんだかんだ言っても、この家に帰ってきてしまう。私に行く場所などないのだ。

※当連載は、同人誌『なし水』に寄稿したエッセイ、並びにブログ本『塩で揉む』に収録した文章を加筆修正したものです。

<TEXT/こだま>