AIブームの今考える「頭髪」が持つ意味[オトコが語る美容の世界]

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映画監督スタンリー・キューブリックとスティーブン・スピルバーグが人工知能の作品を世に出したのが2001年のことで、それを観て人工知能を研究した若者は今30歳前後なので「今更流行るのか?」と言いたくもなるが、今回は美容とAIの話をしてみようと思う。

このところ、「人工知能が台頭した時に失われる職業リスト」というものがよく出回っている。ビジネス研修でもネットでも、人工知能によって変わる社会やなくなる職業について、コンサルタントが熱弁していたりする。それによってコンサルの仕事を受注できるのだろうが・・。

例えば研修の会場では、税理士や医者がそのリストの筆頭にあることに驚愕した顔をする参加者もいるので、人工知能の良い側面というより、怖い側面が大きく捉えられているのだろう。100年前の産業革命におののいた人類のイメージが適当なのではないか。

しかし、美容という生業は100年前の革命でも残り、今回も間違いなく残ってくれるらしい。嬉しいことである。美容業をする側としても、お客となる側としても嬉しい。美しい人を街に輩出する産業が残ることを否定する読者はいないと思う。

美容業の中でも、とくに美容室や理容室、メイクアップの技術サービスは残るらしい。人工知能やロボットで作業が困難なのは明らかではあるが、他に理由がないのか考えてみよう。

ヘアカットは千差万別で、頭の形も、髪の質も、色も長さも違う。そして頭髪は何より、人間の感性の表現の場である。これは一番わかりやすい見解である。

ヘアカットやヘアスタイリングは、女性にとってすごく大切な地位を占めている。男性にとっても人生の中での位置付けが高い。自ら表現が下手だと言ってしまう官僚のお偉いさんも、真面目でファッションセンスがないと言われる社長さんも、他人から見るとそれはそれで、むしろ期待に応えた髪型だったりする。そういう生真面目で地味な紳士も毎月、毎回、美容室や理容室でカットをしている。サロンではなく自宅でカットしたり、中には自分でカットする器用な人もいる。

髪の毛は成長する。成長するので、切るし、整える。人間の成長とともに変化する現象なので細かく対応が必要だ。育毛剤はビジネスになるが、手入れを面倒がる人に向けた”抑髪剤”みたいなものは、まったく市場にない。人類が進化したら全員が頭髪を永久脱毛し、ウィッグや3Dプリンターで髪型を流行にあわせていくのだろうか。それもありえないだろう。美容業だからそう願うが、それ以上に、頭髪は大事だからである。

仮に人工知能が、ネット通販のように登録者の個人センスデータを蓄積し、新しい髪型を提案できるとしても、その髪型を再現するのは人間だ。医者に機能や結果を求めるのとは違い、人は美容師には感覚を求めている。

美容院でのカット後、美容師さんに「どうですか?よろしいでしょうか?」と聞かれて「いいですね」と答えても、家に帰って髪を洗い、翌日になれば変わってしまう。それに髪の毛は成長し、変化していく。美容室に行ってから2、3日した頃がちょうど良いなんていうのが当たり前で、美容業が完結したサービスを提供できないという点からしてもAIの可能性を超えているといえる。

例えば美味しいフランス料理であれば、最高のAIとロボットを駆使したら、それっぽいものを並べることは技術的に可能である。料理は食べる直前が完成形であり、ある意味、完結したものを提供できる過去型のサービスだ。お皿にアレンジされたときが儚くも最高の状態であり、その瞬間を楽しむもので、胃の中で食材に成長されては困るのである。

しかしヘアスタイルにおいては、2、3日後もうまくまとまり、1週間経っても良い髪型、なんてものを作り出すのは卓越した技術とセンス、予測の作業となる。みなさんの支払い代金より相当高等な作業なので、ぜひ金額は惜しまないでほしい。