'88年に刊行された『ツルモク独身寮』第一巻

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 忘れられないあの漫画。そこに描かれたサラリーマン像は、我々に何を残してくれたのか。「働き方改革」が問われる今だからこそ、過去のコンテンツに描かれたサラリーマン像をもう一度見つめなおして、何かを学び取りたい。現役サラリーマンにして、週刊SPA!でサラリーマン漫画時評を連載中のライター・真実一郎氏が、サラリーマン漫画家に当時の連載秘話を聞く新連載。

 第一回目に取り上げる『ツルモク独身寮』は、ある年代の人たちにとって青春のバイブルだ。連載時期は、ちょうどバブル景気真っ盛り。家具メーカーの寮を舞台とした瑞々しく快活な青春勤労模様は、洗練されたポップな作風とともに、読者の記憶に深く焼き付いている。

 今回は作者である窪之内英策先生に話を伺った。連載時の苦労、連載後の苦悩、そして全くブレない創作スタンス。50歳にしてなお、その目は精悍に輝いていた。

◆サラリーマン時代の記憶

――窪之内先生は漫画家になる前に、サラリーマンとして働いた経験があるんですよね。

窪之内:本当は高校を卒業したらすぐに漫画家になりたかったんだけど、まず実家を出たかったので、一回就職することにしたんです。愛知県にある大手家具メーカーの「カリモク」さんに一年ちょっとお世話になりました。

――具体的にはどんな仕事をされていたんですか?

窪之内:工場のラインの仕事で、家具の組み付けです。自分が作るものって、家具のごく一部分だけだったんですよ。だから何かを作っているという感覚が全然なかった。それがサラリーマン的というか、「自分は会社の一部なんだな」って思ってました。だからといって、それを否定する気は全然ないんです。そういう「部分」を職人芸で極める人たちもたくさんいらっしゃったので、僕は本当に尊敬してるんです。でも、僕自身はゼロからなにかを作りたかった。

――もともとは家具のデザインが出来ると思って家具メーカーを選んだんですよね。

窪之内:「デザインをやりたい!」というほど強いものではなくて。単純に何か作りたかったんです。やれると思っていたデザインの仕事は大卒しかやらせてもらえなかったから、ウズウズしていた。だから、寮生活は楽しかったけど、カリモクには「漫画家になります」と言って辞めました。当時の部長には散々バカにされたけど(笑)。

――楽しかった寮生活というのは、そのまま「ツルモク独身寮」のモチーフになっていますが、寮の居心地ってどうでした?

窪之内:当時の寮は、まさにツルモクに描いたのと全く一緒で、相部屋なんですよ。4人で1部屋。12畳くらいあったかな。仕切りもなにもないので、結構広く思えた。こたつが真ん中にドーンとあって、4人でこたつに入って、酒飲んだりしてましたね。寮は一定の年齢になると強制的に出ていかないといけないんですが、各部屋ごとに年齢のバランスを考えて入居者が割り当てられるので、僕が入った時は部屋の一番下っ端。先輩たちとの相性がいいと、毎日修学旅行みたいでワイワイ楽しく過ごせるんです。今から考えれば、みんなガキンチョでしたね。

――田畑(※編集注:田畑重男。ツルモク独身寮の先輩。ノゾキが趣味)さんのモデルとなった方も、寮に実際いらっしゃったんですよね。

窪之内:ええ、あのまんまですよ、見た目も中身も。エロビデオをたくさん持ってました(笑)。

――ビデオがあっても、共同生活だと大変だったでしょうね。

窪之内:いちばんしんどいのはそこ(笑)。僕も10代だったので、悶々としていましたからね。でも寮は楽しかったですよ。僕の中では非常にいい思い出。屋上を開放していたので、夏のくそ暑い日に屋上に布団を持っていって、体中にサンオイルを塗って寝転がると、すっごく気持ちいいんです。仰向けに寝ると、広い空に入道雲が出ていて、ジリジリと太陽に焼かれて、ビールを飲みながらくだらない話をして。もう鮮烈に覚えてますね。あんな気持ちいいのかって。