「キスぺプチン」のロマンチックな名前の由来は……(depositphotos.com)

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 映画や漫画の影響だろうか、研究者=堅物という印象はどうしても拭えないもの。しかし、ある病名や薬剤の名称由来を知ると、彼らも意外とロマンチストなのかも......と、妙に合点がいく場合もある。

 たとえば、今回紹介する「キスぺプチン」の由来――。これは脊椎動物脳内の主に「視床下部」と呼ばれる場所にあるニューロンから作られる、ペプチド(peptide:規則的な順番でさまざまなアミノ酸が繋がってできた分子の系統群)だ。

 ペプチドは、KISS1遺伝子の産物である約54個のアミノ酸から成り、武田薬品の日本人研究者らがヒトの胎盤抽出物から「がんの転移抑制因子」として発見(2001年)、その時点ではメタステイン(metastin)と命名された。

 やがてそのメタステインが、脳下垂体からの生殖腺ホルモンの分泌促進作用を強く有し、「思春期の開始」に重要な役割をもつとの報告が流されて斯界の話題を呼ぶ。

 それに伴い、元来の「KISS1」の綴りや響きが「first Kiss」を連想させる点、加えて抑制遺伝子配列を意味する「Suppressor Sequence」の頭文字が研究陣の遊び心をくすぐったのかもしれない。

 そもそも、1996年にKISS1遺伝子をクローニング(単離/増幅)した米ペンシルバニア州立大学が、「Kiss chocolate」で日本でもおなじみのハーシー社の工場と同じ所在地にある奇縁も手伝って、いつのまにやら思春期やファーストキスを連想させる「キスぺプチン(kisspeptin)」の名称が定着したそうである。

 さて、今回の本題だが、この愛くるしい名称をもつホルモン、キスぺプチンの活性化をより高め、カップル同士の愛情や性愛行為を大いに盛り上げる方法につながるかもしれない、との研究報告が公表された。

 英インペリアル・カレッジ・ロンドン医学部内分泌代謝学教授のWaljit Dhillo氏らによる新たな知見で、注目の論文は『Journal of Clinical Inviestigation』(1月23日付オンライン版)に掲載された。
カップルの愛情や性愛行為を大いに盛り上げる?

 件のキスぺプチンというホルモン、非常に平たくいえば、体内で自然に分泌されて、他の生殖ホルモンの放出を促す役割を担っている。

 今回の研究に際しては、健康で若い男性29名(=いずれも異性愛者)が被験者に選ばれ、無作為に話題のキスぺプチンないしは不活性のプラセボを各自に注射した。その後、いろいろな写真を同じ条件下で見せながら、各人の脳機能の画像解析を行なうという手順が踏まれた。

 その結果、カップルによるセクシャルな画像やロマンチックな写真群を視た際、性的興奮や恋愛感情に伴ない活性化する脳領域の活動量にキスぺプチン組とプラセボ組では違いが読み取れた。問題の脳領域の活動量は、キスぺプチンの注射後に増大する傾向が判明した。

脳と情動の役割にも妊娠効果

 前出のDhillo氏は、次のように解説している。

 「従来の大半の不妊研究や治療法においては、自然妊娠を困難にしうる生物学的要因にばかり着目してきた。しかし、われわれの研究班は、脳と情動の役割も同じく非常に重要だと考えており、それは実際のところ、一部しか未だに解明されていない」

 共著者の1人も、こんな見解を補足している。

 「われわれの今回の研究成果は、キスぺプチンが性や恋愛に関連する脳の活性を高め、ネガティヴな気分を抑える効果を示唆している。つまり、よく不妊症の人に見られる心理的な性機能障害や、うつ病の治療にこのキスぺプチンを利用できる可能性も提示している」

 一方、キスぺプチンは、膵臓のインスリン産出細胞にも関与しており、代謝との関連が示唆されている。今後の解明次第では、なぜ太ったり痩せたりの変化で「排卵がおかしくなるのか?」という女体の謎も明かされるとか――。

 ちなみにキスぺプチン、妊娠中は1千〜1万倍の幅で増加し、妊娠維持や胎児の発育に大きく関与するというから、文字どおり「愛のホルモン」といえるだろう。
(文=編集部)