『ウォーターボーイズ』など、数々のヒット作を手がけてきた矢口史靖監督の最新映画『サバイバルファミリー』はすべての電力が消失した日本を舞台に、東京に暮らす平凡な4人家族“鈴木家”の生存をかけた旅路を描いた作品。

家族の絆がコミカルに描かれているものの、起きている出来事はけっこうハードな、アポカリプスもの好きにもたまらない内容となっています。

そこで今回は、これまでのイメージからすると意外にも感じる、シリアスでSF的な題材に取り組んだ想い、映画作りへのこだわりなどについて、矢口監督にお話を伺いました。日本での終末サバイバルに関する質問にも答えていただいています。


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――本作で、危険な命懸けの旅を題材に選んだ理由はなんでしょうか?

矢口史靖(以下、矢口):『ウォーターボーイズ』以降に続けた作品の印象で、どうも「誰もが安心して笑えるスーパーハッピーな映画しか作らないんじゃないか?」と思われているようなんですが、もともと僕はひどい話が好きなんです。ハードなやつが。

デビュー作『裸足のピクニック』もコメディーって言われていますけど、ひとりの女子高生がとにかくひどい目に遭い続けるだけで、見る人が見たらまったく笑えない話なんですよ。テイストがコメディー調になる時もあるので、「あ、笑っていいんだ」と思った人が自分を安心させるためにコメディーだと言うような映画だったんです。

僕自身ふと笑えるシーンは好きなんですけど、題材によってはコテンパンに痛めつけるというのが性に合っていて、『ウォーターボーイズ』のすぐ後に企画していたのが、この電気が止まってしまうという話でした。みんなが困って、生きるのに四苦八苦する映画が作りたかったんです。

今回も宣伝はハートフルコメディーとしてやっていますが、開けてびっくりな作品です。そんな甘いもんじゃないぞという状況にどんどん巻き込まれていく、作りたかった映画を作ることができました。最初は笑っていたのが笑えなくなってくる、マジで怖いかも……そう思ってもらえたら良いと思います。


――映画を観ていてリアルな怖さを感じました。撮影現場ではどのような工夫をしたのでしょうか?


矢口:すごくシンプルなやり方をしました。映画の中で描かれている試練を実際に俳優さんたちにも体験してもらったんです。

合成やスタジオの整った環境でそう見えるシーンを撮るのではなく、実際にその場所へ行って、俳優さん自身に辛い目に遭ってもらいました。実際にやることで観客が受ける衝撃度というか、体験として心に入ってくるかどうかの違いがあると思っています。

上手に合成や作り物を利用して撮ることもできるんでしょうけど、それだとお客さんには情報としてしか伝わらない。今はこういうシーンを経て旅をしている、次はこういう試練にあうシーンだ……と、物語を紡いでいく情報が入っていくだけで、それは体験ではないと思うんです。デジタルが普及するほど映画はなんでも描けるようになっています。でもそこが盲点で、「観た気になってるけど体験してないよね」ということにもなりかねません。

この映画の場合は、ダメダメな鈴木一家がなんの準備も知識もなく飛び出しちゃったことで、どういう目に遭うのかをお客さんにも同時に体験してもらわないといけなかったので、そのためにリアルな撮り方をしました。


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――実際にやってみて予想外のことは起きたのでしょうか?

矢口:鈴木一家が豚を追いかけるシーンが思った以上に大変でしたね。豚があんなに走ると思いませんでした。

田んぼ二反くらいかな。一応ここで撮影しますって範囲を決めたんですけど、勝手に走り回っちゃって。カメラが家族と豚を追ってパンしたら、スタッフが全員入っちゃったなんてことが何回もありました。

俳優さんに「とにかく捕まえてくださいね、じゃあよろしく」ってぶっつけ本番でやってもらったのが、結果的に良いシーンにつながりました。


――川を泳いで渡るシーンも迫力がありました。あれも本当の川だったんですか?

矢口:深くて流れの速い川でした。これも「じゃあ、川入ってください」、「イカダそこに置いてありますんで、渡ってください」と実際にやりました。

もちろんダイバーが潜ったりして、いろんな安全対策はしています。でもたぶん、スタジオにプールを作ってお湯をはって、景色は後で合成しますなんてやっても、ああいう気持ちにはならない気がするんですよね。「なんとか向こう岸に行きたいんだ!」という本当の危機感は生まれないと思います。

僕も技術がたくさんあれば別な方法でやったかもしれないですけど、今回は愚直な撮り方が一番良いかなと思って撮影しました。


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――リアルな体験という点では、監督自身も撮影前に旅をされたとか。

矢口:移動は車ですから旅って言うと大げさですけど、非常食をたくさん持って行って、鈴木一家はきっとこういうコースで旅するだろう、じゃあどういう景色が見えるのかな?ということはやりました。

ネットを使えば景色は見られるんでしょうけど、それだと目の情報しかありません。そこに行くとどれだけうるさいとか、風が吹いていて冷たく感じるとか、ここではお腹がすくんだろうな?とか、移動していかないとわからないことを実際に体験できました。

静岡の大通りでは、飲料水以外で飲めるものを探すためにホームセンターへ入ったんです。そこでバッテリー補充液を見つけて、じゃあ誰もお腹が痛くならなかったら採用なんて言って、みんなで飲むなんていうこともやりました。

あとは、地面からじかに葉っぱが生えているタイプの草は食べられると聞いていたので、食べてみたりとか。机に座っていたんじゃわからない、鈴木一家がどんな景色を見て、どういう気分になるんだろう?ということを体験していきました。

いろんなことを思いつくもので、日本坂トンネルを車で通った時は、電気が止まったらこの長いトンネルはどう見えるんだろうと思って。そりゃ、真っ暗ですよね。これは人が歩いて通れるのかな?と考えながら通った時に思い浮かんだのが、目の見えない人たちが“渡し”をやっているっていうアイデアでした。行ってみないとああいうアイデアは思いつかないですね。

トンネルが暗いのは面白いということと、健常者が一番強いとは限らないということの両方が描けたので、面白いことができたかなと思っています。


――映画では鈴木一家が中心に描かれましたが、本当に電気がなくなってしまったらどんな人が強いと思いますか?

矢口:映画にも登場しますが、都会的な土がない場所だと米屋さんが強いと思うんですよ。肉、魚、野菜は結局のところ冷蔵庫がないとだめになりますけど、米は保存が効きますよね。だから、昔からそうだったように、米を持っている人が一番権力も持つようになると思います。

なので、渡辺えりさんが演じていた米屋はあの後たぶん、護身のために筋肉隆々のやつを雇いますね。米を取られないように頑張っていくと。そういう食料を確保する手立てが全くない場所では米屋さんですけど、地方に行ってしまうと、釣りが趣味の人も多くて畑なんてあちこちにあるわけです。

そうなってくると強いのは保存食、たとえばタクワンだったり干し柿だったり、ものを干して長期保存するような加工の手段を持っている人、つまり年寄りですよね。畑や釣り、そういう趣味を持った年寄りが、地方では一番生き延びる可能性がある。僕たちにとっては、それを教えてもらえるかどうかが重要になってくると思います。


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――ちなみに監督ご自身も、サバイバル能力は高いのでしょうか?

矢口:いえ、電気がなくなったら、たぶん一週間半でダウンします(笑)。主人公のお父さんと同じくらいダメダメです。パソコンとかインターネットとかも普段から使えていないくせに、土と生きるってことをしてないので、どっちにしろダメなんですよ。

もともと『サバイバルファミリー』のアイデアを思いついたのは、機械が苦手だったからなんです。パソコンやモバイルが普及して、どんどん情報化の社会になっていくのを僕は取り残されるように見ていて、だから「そこまで便利になって、どこに良いことがあるんだ! 電気が止まったらお前ら見てろよ、どんな世界になるかー!」みたいな、逆恨みのようなことから、このアイデアを考え始めたんです。

でも実は、思い返してみたら自分もダメでした。だから、そのまま鈴木一家のお父さんに自分の姿を投影しています。


――確かに、自分でも気づかぬうちにサバイバル能力を失っているのかもしれないと感じました。

矢口:テクノロジーがどんどん進化して行くことは必然だと思っています。人間は退化していく生き物ではなく、進化していくので、どんどん新しいものを考えついたり作ったりする。それは良いことだと思います。

ただ、それがなくなったときにどんな目に遭うか思い知れ!みたいなことがこの映画で描ければいいなと考えたんです。なので、両方できると一番良いんでしょう。

普段から野菜とか米とかも自分で作れて、水も確保できて、真冬でも外で寝泊まりする能力が備わっていれば、まったく問題ありませんよね。僕はどちらの能力も持っていないんですけど。


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――本作の日本を舞台にした終末映画のような雰囲気をとても面白く感じました。ジャンルとしての終末映画はどのようにとらえているのでしょうか?

矢口:ジャンル的にはディザスタームービーに入るのかもしれません。

僕はゾンビ映画も大好きですし、宇宙人が攻めてくるのも好きです。惑星がぶつかってきたり、彗星が落ちてきたりする系も、たいてい好きですね。その手の映画を観る時の開放感が好きなんです。社会の秩序やルールが一切なくなっちゃった時に、人はこれだけ自由な行動をしていいんだという。

『サバイバルファミリー』でもそうですけど、当然信号もついていなくて車も走っていない。車が動かないということは、補給の物資も来ません。情報ツールがまったく使えないので、どこで誰がどれだけ活動しているかもわからない。国は存続しているのか? 警察はどこまで生きているのか? 日本全国、それから世界のどこまでで何が起きているのか、鈴木一家はまったくわからない。だから、自由を感じるんです。

一見、この世界にある便利なものが使えなくなることは不自由に見えるかもしれませんが、だからこそ何にも束縛されない自由があります。その開放感は、この映画を作った大きな理由です。僕自身はこうなってしまったらけっこう楽しいぞ……死ぬかもしれないけどね、と。

ただこういう映画って「どうせ本当は起きないんだし」といった安心感やゲーム感覚がどこかにあるので、そうならないように今回は気をつけました。


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矢口:普通ディザスタームービーは、火災や噴火といった、なにかすごいことが起きた瞬間が描かれます。そこがいちばんの見所になるんですけど、この映画では電気が消える瞬間を誰も目撃しないんです。夜中はみんな寝ていて、朝起きたら電気が消えていた。本来ディザスタームービーのいちばんヘソになる部分が、この映画にはないわけです。

ハリウッドだったら、夜のシーンでも街から電気が消えてく瞬間をやりますよね。でも、それって観客が消えた瞬間を体験しちゃうわけじゃないですか? 「街が大変なことになってる。あっちまで……」って。でも主人公は鈴木一家なので、「うちだけか?」ってところから始まる。

あー違う、エレベーターも止まってる。下りてみたらあっちのマンションもそうだし、駅に行ってみたら電車も止まってる。動ける範囲でじょじょにとんでもないことになっている……とわかってくることが、あのちっぽけな一家の視点でしか描かないことなんです。だからこそ僕は怖いし、面白いって思うんですよ。

「情報がないってこういうことなんだ、これちょっと笑えないぞ」ということを、鈴木一家と一緒に旅をしながら、お客さんにもゾッとしてもらえたらなと思って作っています。街を俯瞰したり、政府とか神様みたいな視点を一切描かなかったのもそういう理由です。

鈴木一家はなんの意識も準備もしていない家族です。電気が突然パチンと消えても、何かが起きたんだって知っていると危機意識が働きますよね。危機意識がなくて、うかうかしている人たちのほうが怖い思いをたくさんするものなんです。そこにお客さんを一緒に巻き込んでいきたかったので、ディザスターのくせにディザスターが起きないという構造にしました。

そこにゾンビとかUFOとか宇宙人とかはいないのに世界が一変してしまったという、誰かが経験していそうで誰も経験していないことを作ることもとても楽しかったですね。


――そんな怖さもありながら、思わず笑ってしまうシーンもたくさんありました。今回はどのように笑いの要素を入れていったのでしょうか?

矢口:危機意識という点では「さあ来るぞ」って衝撃に備えている人たちではなく「んなわけないでしょ、アハハハ」という人たちのほうが怖い思いをしますよね。でも鈴木一家と同じように、たいていの人はそういうものですから、そういう映画にしたかったんですよね。

こういう映画の主人公って、大抵は気象予報士とか災害を予知できる研究者とか自衛隊員とか、家族を良いほうへ導く知識と技能と道具がある人が多いですよね。観客が「あの人についていけば大丈夫」と感じるような。でも『サバイバルファミリー』は違っていて、ついて行ったらまずいことになっていくような人が鈴木家のお父さんです。

このお父さんに本当についてっていいのか? でも家族だから縁は切れないし……。そういう家族映画にするべきだと思っていたので、ユーモアとか、笑って過ごそうとか、こんな失敗しちゃったえへへといったシーンが、合間合間にあったほうが笑っていられない怖さが描けるんじゃないかな?と思いました。

それに僕を含め、多くのひと人はテレビで「とったどー」と魚をとっている芸人さんを見てゲラゲラ笑っているくらいのレベルなんですよね。ソファーとかに座って、ジュースとかビールを飲みながら。そういう人たちが観たときに、あれは自分だって思ってもらう映画を僕は作りたかったんです。なので、スキルも知識も何もない、サバイバル能力がいちばん欠如している人物を主人公にしました。


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――日常では親子の会話もあまりない鈴木一家のような、都市部の家族とテクノロジーの関係についてはどのように感じているでしょうか?

矢口:僕は鈴木一家くらいがスタンダードだと思って描いています。家族が本当に仲良しで、お父さんとお母さんもアツアツで、けっこう子どもが大きくなったのに家族がそろって海外旅行へ行っている人は少ないと思っています。

テクノロジーが進化して、どんどん家庭に入ってくれば入ってくるほど、家族間での会話はしなくて良いものになっていきますよね。「これ、ちょっとわかんないんでだけど教えてー」と言う前にスマホで調べればわかっちゃう。「あそこへ行きたいんだけど、どうやって行くんだっけ?」と聴く前に地図とかナビもついている。

人に頼るとか、聞くとか、お願いするといったことを、しなくてもどんどん良くなっています。個人主義でなんでもいけるようになってきている時代なので、鈴木一家の日常風景はとても自然というか、今当たり前にいる家族だと思うんです。

鈴木一家は電気が全て止まっちゃって、初めて仲良くなる。あそこまで世界が崩壊しないと、あの家族は仲良くならない。絶望的です。でも僕はそれに気づけよって言うつもりはないんです。ね、面白いでしょって思っているんです。ダメダメ一家が、世界が崩壊したらようやく仲良くなれるんだというのを、僕はユーモアだと思って描いています。


――最後に、注目してほしいシーンがあれば教えてください。

矢口:やっぱり1日目ですよね。自分だったらどうするんだろう?と感じながら見てほしいです。電気で動くものをすべて失ってしまったらすごく困るけど、いっそ気持ちよかない?と、感じてもらえたら嬉しいです。


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映画『サバイバルファミリー』は2017年2月11日(土)全国ロードショー。

ハリウッドでおなじみのアポカリプス的な状況が日本で起こったら、確かにこんな感じになるかもしれない……そんなリアルな想像をしながら観られる映画です。
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image: (C)2017フジテレビジョン 東宝 電通 アルタミラピクチャーズ
source: 映画『サバイバルファミリー』公式サイト, YouTube

(勝山ケイ素)