出典/YouTube「ダイジェスト 第6回東京靖国一日見真会」より(https://youtu.be/LAY2jsefbZA)

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 拙書『日本会議の研究』のもとになった連載「草の根保守の蠢動」では、過去に2回、稲田朋美防衛大臣について大きく取り上げた回がある。

●安倍政権を取り巻く「改憲勢力」の淵源――シリーズ【草の根保守の蠢動 第21回】
●稲田朋美と「軍歌を歌う幼稚園」を結ぶ、「生長の家原理主義」ネットワーク ――シリーズ【草の根保守の蠢動 第22回】

である。

 この2つの記事では、生長の家の経典『生命の実相』を振りかざしながらスピーチする稲田朋美の写真と、戦時歌謡を歌う塚本幼稚園の園児たちの写真を振り出しに数々のエビデンスを並べ、稲田と塚本幼稚園の両者が、生長の家原理主義者集団と深いつながりを持つことを立証した。

 ただし、この記事を公開した狙いはあくまでも「稲田朋美と生長の家原理主義者集団との繋がり」「塚本幼稚園と生長の家原理主義者集団との繋がり」を立証すること。そのため「生命の実相を振りかざす稲田朋美の発言そのもの」までは踏み込まなかった。

 しかし、前述の記事公表当時は政調会長だった稲田朋美は、その後、栄進を重ね、今や、防衛大臣。もはや彼女の発する言葉の重みが違う。そして稲田は一昨日の衆議院予算委員会で答弁にたち、立憲主義の根幹を否定するような発言を行った。(参照:「立憲主義を愚弄する稲田朋美防衛大臣は、即刻、辞任すべきである!」)

 立憲主義を真っ向から否定する稲田防衛大臣のこの発言を踏まえると、前掲記事で写真を紹介するのみにとどまった「生命の実相を振りかざしながら行ったスピーチ」の内容が、俄然気にかかる。

 彼女が生命の実相を振りかざしつつスピーチを行ったのは、2012年4月30日に靖国神社・啓照館で開催された「谷口雅春先生を学ぶ会」主催の「第6回東京靖国一日見真会」なるイベント。当時の彼女は、初当選から7年たったとはいえ、まだ2年生議員でしかない。党内の役職も副幹事長でしかなく、まだ陣笠議員と呼んでも差し支えない状況だった。その彼女が、「谷口雅春先生を学ぶ会」に属する生長の家原理主義者たちに、何を語ったのか。

 彼女の言葉を確認するため、以下に、そのスピーチの全文書き起こしを掲載する。書き起こしに当たって元としたのは、YouTubeで公開されている「ダイジェスト 第6回東京靖国一日見真会」と題された動画だ。あらかじめ断っておくが、「標準のYouTubeライセンス」で公開されているこの動画は、稲田朋美スピーチの主要部分しか収録されていない。そのため、以下に掲載する書き起こし文は、彼女のスピーチの全文ではない。だがそれでも、彼女が陣笠議員だった頃から、極めて奇怪な憲法意識を持っていたこと、そして、憲法秩序を愚弄していたことが、一読すればわかるだろう。

◆稲田防衛相の「あるスピーチ」

【以下、全文書き起こし】

“えぇ皆さんこんにちは。ありがとうございます。あのぉ衆院議員の稲田朋美でございます。今日はこのように会場いっぱいのですね、あのぉあのところに、お招きを頂きまして。えぇ谷口雅春先生を学ぶということで、この会にお招きいただきましたことに、感謝申し上げます。またぁ あぁこの靖国神社ですね、この会館をお選びいただきまして、また先ほどはぁ天皇皇后両陛下のですね、ビデオも一緒に聞かせていただきまして本当にありがとうございます。

 えー私の地元にあのぉ清水さんという方がいらっしゃいまして、ぇその方のご縁でですね今日ここにあの寄せていただいております。またぁ中島代表とぉ対談をさせていただいたこともぉございましてぇ、そういうご縁でですねここにいてぇ、いるわけですが懐かしい清水さんもいらっしゃいまして、あの一緒の同期のあのぉ前衆院議員でいらっしゃいますけれどもぉお仲間なんだなということで、私も今とても嬉しく思っております。ありがとうございます。(拍手)

 あのぉ私はですねほんとにもうこのぉ谷口雅春先生のぉ教えをですねえ、ずっと自分の生き方のぉ根本に置いて参りました。えー、今日私あのぉ古文書のような本を持ってきたんですけれども、この、「生命の実相」というこのボロボロになったあ本ですね。これはぁなんと私のあのぉ祖母ぉ、母の母ですねぇ、おばあちゃんの本でして見ましたらですねえー昭和13年の発行のですねぇ生命の実相なんですね。でこれをぉお婆ちゃんが読んでいて母は昭和8年生まれですから母もずっとこれを読んでいたわけであります。ところが大変奇遇なことにですねぇ私の父、私の父(筆者注:稲田の旧姓は椿原。父は椿原泰夫。「頑張れ日本!全国行動委員会」(つまり、チャンネル桜)の京都本部会長を務めた。2016年10月、84歳で没)は昭和ぁ7年生まれなんですけれども、父もですねまたこの生命の実相の本で命が助かったんですね。というのが父はぁあのずっと、あのぉ体が弱くてですねぇ、高校を肺病で休学をしてですねもほんとにもうずっともう布団も上げることもできなかったんですけれども、この生命の実相に、谷口雅春先生のご本にですね、出会いまして、これを読んでですね布団をたたんであげてそしてそれまでずっとその寝込んでいたのをですねそれから、全く反対のことをやりだして、バスケットボールはやるわ、気合い(不明瞭)で水をかぶって勉強するわってしてですねそういう自分は大丈夫だっていうことでえー、まああの生活をごろっと変えてえ、高校に復学をしてそしてあのぉ京都大学に進学をしたんですけれども、それでぇえーまぁ本当に助かったんですねそういうこともあってえずっと我が家にこの本があったんです。

 で、私はあのぉま母はそういう教えだったんですけれども、あまり興味はなかったんですがあー司法試験の勉強をしている時にですね、この中の背水の陣をひけというその章を読みまして、そしてぇまぁくじけそうになるとですここを読んでですねもうボロボロになってるんですけどね線を引いたりですねそれでぇもうほんとに励まされてぇまぁ司法試験に合格することもできました。で母はですね (拍手)ありがとうございます 母はとにかく自分は?(毎日寝る)前にあらゆる方面で自分はどんどん良くなるんだということをですね毎晩寝る前に私に言って聞かせるんです。で私がもうくじけそうになると、司法試験の時も本当はすごくを失敗して、もうとてもダメだと思ったんですが、母だけはですね、絶対に合格していると、もうほんとに絶対に合格してるんやからってことをですね信じて疑わないんです。もう合格しているはずがないっていってるのに母だけがですねぇいやぁともちゃんは合格したくないかもしれないけど合格してるんやから、もう決まってるんやからということをですねもう、本当にいうんです。そしてあのぉ試験の時に、母がですね「実相円満完全」と書いた紙をですね私のあの筆箱の中に入れて、でそれでまぁ試験に臨んだんですがぁ母はもぉ絶対とにかくそれを信じて疑わない母でその母のおーまあの言葉通りですね合格してるはずのない試験にまぁ合格することができて(拍手で聞き取れず)、それと私はですねえーもうあのぅとにかくぅあの進むかそれとも留まるかぁ迷った時にはですね、どんな困難なことでも進むか留まるか迷った時にはこの教えに従って必ず進むということをですね決めてきました。

 で、私がなぜあのぉ今こうしてえー国会議員になっているかと言いますと、えー、まあいわゆるいわゆるですね小泉チルドレンなんです。古いでしょ皆さん。もう忘れてしまいますでしょ、小泉チルドレンという言葉。もう今は小沢チルドレンの方がですね (筆者注:聞き取れず) おりますから小泉チルドレンって言葉をもう忘れそうになるんですけれども、いわゆる小泉チルドレンなんです。でどうして国会議員になったかぁと言いますとですね、あのぉおー平成17年、あの小泉さんが郵政民営化法案を参議院で否決をされて、衆議院は可決したんですよ、参議院で否決をされて、衆議院を解散すると、こんなことほんとはありえませんよ。衆議院をでは可決をされて参議院で否決をされてえーまあ衆議院を解散をされた平成17年ですねぇ。あのぉ年、私はその解散をされる約半月ぐらい前に、ほんとにたまたまなんですけれども自民党のある議連でですね自分がやっていた裁判についての講演をしたんです。

◆憲法の枠内で判断を下す法曹家を嗤う人々

 で、どんなん裁判をやっていたかと言いますとぉ一つはですね小泉さんの靖国参拝に関して全国で、2000人の人がですね、六箇所のの裁判所に分かれて裁判を起こしたんです。小泉さんが靖国参拝しましたよね、毎年毎年靖国参拝したんですね。それのために全国で裁判が起きて2000人の人が六箇所の裁判所に分かれて裁判を起こしたんです。 みなさんなぜ、2000人の人が一箇所の裁判所じゃなくて六箇所の裁判所に分かれて裁判を起こすかわかりますか?私は弁護士なので良くわかるんです。六箇所の裁判所に分かれて裁判を起こしますと、地裁と高裁で全部で12回判決をもらうことができますね。そうしますとですね、一箇所くらいおかしな判決をかく裁判官が必ずいるんです。必ずいます。ご存知ですか?それはですね、昔はすごく司法試験難しかったんです。私たちの頃は、67人に一人しか合格しない、世界で一番難しい試験とされていたんですね。そうしますと、しかも裁判官になるような人は早く合格している人ですからですね、もう憲法を舐めるように勉強している牛乳瓶の底のメガネみたいなのかけた裁判官がいっぱいいるんですよ(会場爆笑)。お勉強中みたいな。で、もう、こう、視野がこう狭窄になってしまって、もう憲法は正しいと信じてる。だいたい弁護士とか裁判所とか検察官とか特に、弁護士会ってとても左翼的な集団なんですね。なぜかというと憲法教、まぁ憲法が正しい、今の憲法が正しいと信じている憲法教という新興宗教(会場爆笑)がはびこっているんですねぇ。

 ですからその牛乳瓶のメガネみたいなのをかけたですね裁判官がですね、やっぱりおかしな判決をかくので、六箇所の裁判所にわざわざ分かれてえーまぁ裁判を起こしたんです。でその原告たちのまぁ邪悪な野望がですね、福島、いや、福岡地方裁判所と大阪の高裁で実ってですね、総理の靖国参拝は違憲であると。憲法20条3項に違反する違憲であるという判決をかく裁判官がいたんです。やっぱり牛乳瓶のメガネみたいなメガネかけていましたよ。底みたいなメガネ。(不明瞭)で見ましたけど。でそのあのぉ裁判の話と、もう一つ私がやっていたのが南京大虐殺のま象徴である100人斬りっていうのがあるんですね。あの、おーま、あのぉ大隊副官と歩兵補の小隊長っていうね、二人の日本陸軍の将校(原発言ママ)がぁ日中戦争のさなかにえーあの、二週間くらいでですねどちらが先に100人斬れるかっていう競争をして、105対106のレコードを作って、そしてそれをもう一回やったというそういうですね100人斬りという南京大虐殺の象徴みたいな事件があるんですね。でこれが全くの作り話で、嘘の話だったんですけど、当時、東京日日新聞、現在の毎日新聞ですけれども、東京日日新聞が戦意高揚の、ね、戦意高揚の記事として二人の写真を、おーあのぉ写真を新聞に載せて、その報道をしたんです。嘘の報道をしたんですね。ところが、その写真入りの新聞記事がぁ唯一の証拠としてその二人の将校はですねえー、あの戦後の南京軍事法廷で、処刑をうかないで(原発言ママ)処刑をされるんです。もうたった三時間の一人の証人もなく、唯一新聞記事を証拠に二人の将校は、あ、まぁ、銃殺刑に処せられるのですけれども、その二人の将校がですねあのぉ獄中ですごく立派な遺書だとか獄中記を書いて、いてですね、自分たちの死で、自分たちは無実だけれども、自分たちの死で日中戦争8年のその、あのぉ恨みが消えれば本望ですって言ってですねえー、日本万歳、中国万歳、天皇陛下万歳って書いた立派な立派な遺書を残して処刑をされるんです。で当時はみなさんがご承知の通り、BC級戦犯1000人くらいがですね世界中で処刑をされて、中には全く証拠がないとかですね、全く人違いとか、もう全然不当な裁判で処刑されたんだけど、皆戦争に負けたんだからしょうがないっていう風に諦めていました。ところが昭和47年になってですね、朝日新聞が「中国の旅」というのを連載して、本田勝一なる人が、この100人斬りを写真をつけてですねえーまあ朝日新聞に載せて、えーまあ残虐な日本兵の象徴として新聞記事にしたんですね。でそれが原因となっての中国の抗日記念館は、今でもそうですけど二人の将校の写真が飾ってあって、この人たちがあぁまぁ100人斬りをした残虐な日本軍のまあ代表だってな形で展示をし、中国の教科書でも教え、なんと今でも日本で教えられてるんですね。えーところがそれが全くの嘘だということでですね論争も帯びたりしてえーしたんですけれども、あのぉおーなかなかそれがぁ浸透してないということがありまして、私は二人の将校の、遺族の代理人としてえー東京地裁に朝日新聞とそれから毎日新聞は東京日日新聞の今の毎日新聞ですね、本田勝一と柏書房を相手に裁判を起こして遺族の名誉既存を認めろということで裁判を起こしたんです。なぜなら裁判所というところは生きている人の人権を守るところですけれども、死んだ人、亡くなった方の名誉だとかですね、それからましてや国の名誉を守るところではないんです。ですからその当時自分は弁護士だったので遺族の名誉棄損ということでま裁判を、ま、起こしていたわけですね。

 そういう自分のやってる裁判についてえーその平成17年の郵政解散の約半月くらい前に、自民党のんーあのー国会議員の議連の前でお話をしました。そこにえー安倍元総理がいらっしゃったわけです。それで郵政解散になってそれで全ての全てのね青表をだしたところにみなさんまた懐かしい言葉ですけど「刺客」を送るということになったんですね。それであの平成17年の8月15日にちょうど私はこの靖国神社にいたんです。何をしていたかというと大東亜戦争終戦60年目の8月15日に小泉総理が靖国参拝するかというテーマで取材をしておりました。そしたら結局小泉さんは来なかったんですけれども、そこにあのーおー安倍先生からあーあのぉお呼びがかかって自民党本部に行きましたら、あーですねあのぉ「確かあなたは福井生まれだったよね」と言われましてね、私は福井では生まれてますけれども4歳までしかいなかったんですって言ったら「イヤイヤもう生まれているだけで上等だ」と。言われたんですねぇ。そしてあのぉあのぉ青表出してんのは福井市一区なんですけど、私の前は一区じゃなくてもっと郡部の田舎の二区なんですね。私ってゃいや(不明瞭)福井市生れではありませんって「いやもう福井県で生まれてるってだけでもう上等なんだ」と言われました。で私はイヤイヤ選挙なんてもう考えたこともないし、ね、とても選挙になんて勝てるとなんて思いませんて言いましたらですね「いやいやあなたが、誰もあなたが小選挙区で選挙に勝つなんて、誰も期待してません」といわれたんです。「とにかくもうあのぉ比例でね当選できるようにしておくので、あなただったら三年経てば絶対小選挙区で勝てるように育っているからとにかく出てよ」というそうゆうまあとてもあの気楽なお誘いだったんです。で私はすごく迷いますよねいきなりそんなこと言われて”(録音終了)

◆稲田防衛相の珍妙な立憲主義への誤解と無理解

 いかがだろうか。

 稲田朋美に言わせると、「憲法を舐めるように勉強している牛乳瓶の底のメガネみたいなのかけた裁判官がいっぱいいる」ことは、揶揄の対象になるらしい。また、「今の憲法が正しいと信じている」ことは「憲法教という新興宗教」ということになるらしい。そして、会場で発生した笑いの渦が証明するように、稲田にとっても、そのスピーチを聞く生長の家原理主義者集団にとっても、「今の憲法が正しいと信じている」「憲法教という新興宗教」は、嘲笑の対象であるらしい。

 稲田は生粋の改憲派だ。昭和憲法の正当性と正統性を疑う立場にいる。その点は自由だろう。憲法といえども(いや、憲法だからこそ)常に、批判的に検討されるべきであるし、その改正を訴えることも、当人たちの思想信条の自由の範疇に属することだ。ましてや当時の稲田は陣笠議員。閣僚でもない政治家が「憲法なんか変えちまえ」と言い放つことは、一定の範囲内で自由ではある。

 しかし、裁判官をはじめとする法曹家が憲法を学習し憲法の枠内で判断することを、「憲法を舐めるように勉強している牛乳瓶の底のメガネみたいなのかけた裁判官」と嘲笑することは、何人であっても許されないことだ。いかに自分が昭和憲法を否定しようとて、法曹家が現状の憲法の枠の範囲で判断を下すのは当然ではないか。それを否定するのならば、稲田が主張する「憲法改正」の後に生まれる「新しい憲法」を、誰が守るというのか。

 この発言からわかるように、稲田は、完全に立憲主義のコンセプトを理解していない。

 そしてこの奇怪かつ幼児的な立憲主義への無理解は、今に始まった事ではない。

 稲田が生命の実相を愛読することも、生長の家原理主義者集団に属することも、「彼女個人の信仰心」という範疇であれば、何ら問題はない。そんなものは彼女の自由であるし、相手の思想信条や信仰心をあざ笑う態度は、「憲法教という新興宗教」なる珍妙な言葉を弄する愚劣な連中と変わらない。吾人はそういう態度から距離を取ろう。

 しかし、稲田が陣笠議員時代から防衛大臣の要職に就任した現在に至るまで掲げ続けるこの珍妙な立憲主義への誤解と無理解は、やはり断固として糾弾されて然るべきものだ。そして、この立憲主義を愚弄し近代的法治主義を完全に否定する稚拙なロジックを掲げる人々が、言論界や政界に一定の影響力を及ぼしているのであれば、その人脈と思想の系譜は徹底的な批判的検証の対象となるべきものだろう。

 この連載が立証してきた通り、稲田防衛大臣の憲法無視答弁と、朝日新聞がスクープした、国有地を破格の値段で購入した塚本幼稚園は決して無関係ではない(参照:「学校法人に大阪の国有地売却 価格非公表、近隣の1割か」朝日新聞)。彼女とあの幼稚園の存在こそが、この連載が追いかける「生長の家原理主義者集団」のネットワークの地表に現れた一角に他ならない。この連載は、引き続き彼らの動向を観察していく。ご期待願いたい。

<文/菅野完(Twitter ID:@noiehoie)>

※菅野完氏の連載、「草の根保守の蠢動」が待望の書籍化。連載時原稿に加筆し、『日本会議の研究』として扶桑社新書より発売中。また、週刊SPA!にて巻頭コラム「なんでこんなにアホなのか?」好評連載中