美形実力派俳優ギャスパー・ウリエルにインタビュー!

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映画『たかが世界の終わり』(2月11日公開)で、フランスの美形実力派俳優ギャスパー・ウリエルと、鬼才グザヴィエ・ドラン監督とのタッグが実現。ギャスパーは“ほとんどセリフがない”主人公ルイとして、新たなステージに挑んだ。来日したギャスパーに、本作でのチャレンジについて。そして、役者道を勇敢に歩む秘訣を聞いた。

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ドラン監督は、新作を発表するごとにパッションあふれる映像世界で観客を魅了してきた若き天才。本作では、12年ぶりに帰郷した人気作家ルイを主人公に、ミスコミュニケーションに陥っていく“ある家族の一日”を鮮烈に切り取った。

久々の再会に戸惑い、その不安を隠すように意味のない会話を続ける家族。ルイはそんな家族たちに戸惑い、言いたいことも飲み込んでしまう男性だ。ルイを通して家族模様が見えてくるが、ギャスパーはルイについて「触媒という言葉がぴったりくる」と話す。「この役は僕にとってもチャレンジだった。映画の中のエモーションの大部分が彼を媒介として表れてくる。ルイは沈黙をしているけれど、家族の話すことを聞いて、それに対して言葉ではなくリアクションをするんだ」。

セリフでのリアクションをできない。それは役者にとって大きなチャレンジだ。それでいて劇中では、彼らの言葉に敏感に反応するルイの心境が緊張感を持って伝わってくる。ギャスパーは「ドラン監督がクローズアップで撮ってくれたおかげ」と分析する。「だからこそ僕も、ルイを楽な心持ちで演じることができた。今回は90パーセントくらいがクローズアップだった。どんな些細な表情でも、ドラン監督はきっとキャッチしてくれるだろうと信頼していた」。

クローズアップには「それ以上の効果もある」と続ける。「クローズアップというのは、顔を閉じ込めてしまう表現でもあるよね。そうすることによって、家族の室内劇の息苦しさを表現できていると思う。すると次第に“言葉よりも、沈黙の方が雄弁だ”ということが見えてくる。家族はひたすらしゃべり続けて、ルイに発言の場を持たせない。要は沈黙が怖いんだ。沈黙するということは、自分の深い部分と向き合わなければいけないことだからね。そういう深い淵に落ち込んでしまうのが怖いから、話し続ける。まるで言葉が仮面や逃げ場所のようになっているんだ」。

ルイを取り巻く家族を演じたのは、レア・セドゥ、ヴァンサン・カッセル、マリオン・コティヤール、ナタリー・バイといった豪華キャスト陣。彼らにとっての“媒介”を演じることは、「とてもエキサイティングだった」と目を輝かせる。

「役者の世界ではそれぞれのシーンを誰と一緒に演技をするか、共演者次第というところがあるもの。共演者が優れているととてもエキサイティングだし、自分のレベルアップにもなる。今回は名優と呼ばれる素晴らしい人たちばかりだったからね。とても刺激的だった。名優というのは、相手を想定外のところまで導いてくれるし、まったく予期しないところまで連れていってくれるものなんだ」。

インタビューでは“沈黙”するルイとは一変、熱心に思いを伝えようとするギャスパー。『かげろう』(03)で、息をのむほどの美しさに驚いた人も多いはず。『ハンニバル・ライジング』(07)では若き日のハンニバル・レクターを熱演。『サンローラン』(14)ではセザール賞にノミネートされるなど、着実にキャリアを積み上げてきた。

32歳となり、パートナーとの間に男児ももうけた。男性として、役者としてまさに成熟期を迎えている。「僕自身が父親になった時、ようやく父親の役柄がどんなものなのかわかったんだ。父親の役割というのは難しくて、あまり報われない存在なのかも(笑)。両親は不器用だったんだなと感じることもあるけれど、今となっては彼らにとってその時にできることを精一杯してくれたんだと思う。その努力をしてくれたことがすごく重要だと思っているよ」。

役者としても、こんな変化が。「自分の新しい側面を引き出してくれるような作品に出会いたいんだ。すでに確立された自分の快適な場所から、引っ張り出してくれるような作品にね」。本作でも新たなチャレンジに果敢に立ち向かった彼だが、ますますの意欲をみなぎらせる。

「この企画はどうだろうと不安がったり、間違ったチョイスなんじゃないかと仕事を断ったりしたこともある。今ではそれもすべて『大したことないな』と思えるようになったんだ。ネルソン・マンデラの言葉で、とても好きな言葉があって。『私には何も失うものはない。何かを勝ち取るか、あるいは何かを学ぶかの、そのどちらかしかないのだ』ってね。その考えをいつも念頭に置いているよ」。【取材・文/成田おり枝】