難民危機の最前線で日々の営みを見つめる:映画『海は燃えている』

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前作『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』でヴェネチア国際映画祭・金獅子賞を受賞したジャンフランコ・ロージ監督が、新作『海は燃えている イタリア最南端の小さな島』で難民危機にカメラを向けた。

地中海のイタリア領最南端に位置する島、ランペドゥーザ。住民約5500人のこの島には、日々難民が命がけで海を渡りやって来る。2011年の"アラブの春"によってアフリカ諸国の政権が揺れ動き、内戦が生じたことで多くの国から難民・移民が流出し、密航仲介業者が暗躍することで、地中海を渡ってヨーロッパを目指す人々が急増したのだ。

しかし、本作のカメラが見つめるのはランペドゥーザ島の淡々とした暮らし。自然の中で無邪気に遊ぶ少年、生死の狭間をさまよう難民たちの鬼気迫る表情、ありとあらゆる島の営み、それらを等列にありのままに映し出す。その美しく詩情豊かな映像の中に、観客はとりとめのない日常の幸福と、堪え難い人類の悲劇を同時に目撃する。

ヴェネチア国際映画祭の審査員長を務めたメリル・ストリープも、「現代を生きる私たちに必要な映画。この映画が世界中で公開されるためならどんなことでもする」と本作を熱く応援。各界の著名人らから絶大な支持を集め、世界中の映画祭を席巻中のロージ監督が、本作に込めた思いを静かに語った。


(C) 21Unoproductions_Stemalentertainement_LesFilmsdIci_ArteFranceCinema

-当初は短編を撮るためにランペドゥーザ島へ向かわれましたが、数分の映画に収めることは不可能だと判断し、島に移り住んだと聞きました。

ランペドゥーザ島というと、難民の悲劇とともに報道されることが多いですよね。でも、だからこそ難民の物語ではなく、そこに住んでる方々の日常の物語を描きたいと思いました。ランペドゥーザ島に対する人々の視点を変えたかったのです。それは短編に収めきれるようなものではなかったので、1年半島に滞在し、この映画を完成させました。

-ご自身もエリトリア出身の移民ですが、そのことは本作製作の動機と関係あるのでしょうか?

私自身のバックグラウンドについて聞かれることも多いですが、それはあまり関係ありませんね。人というのはもちろん過去によって作られる部分が大きいけれど、この映画を作っている時は自分がアフリカで幼少期を過ごしたということはあまり影響しなかったんです。これは、世界が今解決しなければいけない問題だと考えています。自分の出自や経歴というより、フィルムメイカーとしてこの物語を語らなければいけない、そう思っていたんです。

-ドナルド・トランプ米大統領の移民政策やイギリスのEU離脱など、グローバリズムからナショナリズムへ、もっと言えば "自分の国さえよければいい"という風潮が世界中で色濃くなってきている気がします。ロージ監督は、「政治的なものはこの映画のフレームの外にある」と記者会見で仰っていましたが、この作品、もしくは映画というメディアにそういった風潮を変える力はあると思いますか?

映画が世界を変えることはできないでしょう。ただ、人々の関心、認知度を上げることはできると思います。この作品も世界64カ国で上映され、誰も知らなかった島をたくさんの人に知ってもらうことができました。それは大きな一歩だと思います。

この作品にはメタファーがたくさん出てくるんです。例えば、主人公のサムエレ少年が大きなサボテンを敵の顔に見立て、パチンコで打ち抜く姿。人間はそうやって敵を作りますよね。また、サムエレ少年は弱視を矯正しますが、これも"色々なものが見えていない"ということのメタファーです。少年が少しずつ自分の人生に対峙していく姿も、人類が危機に対面しながらも何とか対処していこうという姿と同じです。少年の成長を描いた映画ですが、私たち人類が困難に立ち向かうというメタファーなんです。

頭ごなしに政治や国際問題を押し付けるのではなく、ゆっくりとインタラクティブな形で観客に考えてもらう。私は答えを与える映画じゃなく、問いかけをたくさん残す映画を作りたいと思ってるんです。そのためには、観客がそれぞれ感じたままに掘り下げられることが重要です。

情報だけなら、報道やニュース番組から簡単に手に入る時代。だからこそ私は感情を伝えたいんです。砕ける寸前までに細く削りながらもフォルムは伝わるアルベルト・ジャコメッティの彫刻のように。それが私の描きたいものなんです。


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-サムエレ少年とはどのように出会ったのですか?

最初から、主人公は子供にしたいと思っていたんですよ。大人だと難民問題に対して知識があるので、いい意味で無知な子供を主人公に据えた方が、偏見なく自由に物語を描けると思ったんです。

初めて出会ったとき、彼はパチンコで遊んでいました。「君はハンターなのかい?」と聞いたら、「そうだ」と言う。そして漁師の息子だけど、「僕は海は嫌いなんだ。魚も嫌い」と言う。脆さと矛盾を孕んだその少年は、ランペドゥーザ島のウディ・アレンのようで、私は彼にとても惹かれたんです。ある日、彼がパチンコで遠くにある箒(ほうき)を打って、「人生には情熱が必要なんだ」と言った時に、この映画の主人公を彼にしようと決めたんですよ。

-サムエレ少年は、移民問題について認識はあったのでしょうか?

一年半の間、彼が難民の人々と出会うことはなかったですね。私も、不自然な形で彼らを結びつけることもしたくなかった。世界中の人々と同じように、彼もテレビで見るくらいの情報しか知らないでしょう。

ただ、彼が「息切れがする」と病院で医者に相談するシーンがありますね。理由が何かはわかりませんが、何かしら精神的に不安を抱えているのだと思います。あの島が難民の悲劇の最前線であることは、島の人々にも不安や悲しみをもたらしていることは事実だと思います。しかし、それを誇張して描きたくはなかったんですよ。

-アカデミー賞外国語映画賞イタリア代表にも選出されましたが、ドキュメンタリー作品が選ばれるのは珍しいですよね。イタリアの移民政策についてはどう思われますか?

他の国同様、イタリアもポピュリズムという大きな波の危機に瀕していることは事実だと思います。ただし移民政策に関しては、パトロール警備や救助作業など、かなり尽力してきたと思います。他国のようにバリアも張っていないし、多くの難民を受け入れてきました。

私は海軍の船に乗って取材をしていました。船の乗組員は、何カ月も家族と離れて難民の捜索救助にあたるんですよ。僕は彼らと信頼関係を築くためにその船に一カ月ほど乗っていましたが、彼らはかなり人道的でしたし、ものすごい高波の中でもハードな作業をこなしていました。軍とは通常、そういったリスクを取らない組織。しかし彼らは、日々他人の命のために自分の命を賭けているんです。

劇中、船底で亡くなった人々の様子も映し出されます。あれは船長に、「下に行って亡くなった人々を撮れ。君にはこの実態を世界に伝える義務がある」と言われたからです。ナチスによって収容所のガス室で殺されたユダヤの人々がいるように、誰かがその事実を伝えなければならないんです。

島の移民センターでの撮影許可を得られたのも、私が初めてでした。もちろん公平なスタンスで撮影に臨みましたが、ネガティブに報道される可能性だってあったはず。にも関わらず、センターによる撮影素材の検閲は一切ありませんでした。


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-2時間の尺には詰め込めないものもたくさんあったのでは?

前作もそうですが、私はずっとカメラを回すタイプじゃないんです。私にとっての映画作りは、いかに撮り"はぐれる"かなんですよ。三脚にカメラを据えて、そこから切り取れるものは何かの"破片"でしかない。他の全ては撮りはぐれるんです。だからその破片こそ、崇高で予測不可能なものでないといけないんです。

だから、あの船で僕が彼らの "死"と出会った時に、この映画の撮影も終わったんです。


GIANFRANCO ROSI
ジャンフランコ・ロージ 1964年、エリトリア国アスマラ生まれ。エリトリア独立戦争中、13歳で家族と離れてイタリアへ避難。青年期をローマとイスタンブールで過ごす。イタリアの大学卒業後、1985年、ニューヨークに移住。現在はイタリアならびにアメリカ合衆国民である。2013年、長編映画『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』がベルナルド・ベルトルッチ監督、坂本龍一ら審査員に絶賛され、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞。ドキュメンタリー映画では初の快挙として話題を呼んだ。2016年、『海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜』では、審査員長のメリル・ストリープが絶賛し、ベルリン国際映画祭にて金熊賞を受賞。ヴェネチアに続き、ドキュメンタリー映画で初の最高賞受賞となった。アカデミー賞外国語映画賞イタリア代表にも選ばれている。

『海は燃えている イタリア最南端の小さな島』
監督:ジャンフランコ・ロージ
2月11日(土)Bunkamuraル・シネマほかにて全国順次公開。
http://www.bitters.co.jp/umi/