女性の「どうせなら」という発想が、美しい軽トラやマスキングテープを生み出した。(写真はイメージ)


 イノベーションという言葉は、今やビジネスの世界では常識のようだ。我々研究者でも、イノベーションという言葉はもはや日常用語として定着してしまった。

 イノベーションといえば、アップルのジョブズ氏を思い浮かべる人は多いようだ。若い頃から亡くなるまで、ずっと時代の先頭を走り、イノベーションをし続けたという意味で、天才だといえる。

 しかしジョブズ氏ほどの事例を思い浮かべてしまうと、「イノベーションは天才にしかできないのか」と、やや絶望感を覚えてしまう。我々凡人にはそんなの無理だよ、と最初からサジを投げたくなる。

 しかしどうやら、イノベーションというのは天才にしかなし得ないものでもないようだ。いくつかのコツをつかめば、誰でもアイデアマンになれる。「私は頭が固くて、新しいことを考えるなんてとても無理」と思っている方でも、大丈夫。私ほど頭の固い人はいなかったのに、コツをつかむようになると、そこそこアイデアマンだと言われるようになるのだから。

「どうせ」を「どうせなら」に

 イノベーションのコツの1つに「『どうせ』を『どうせなら』に変える」がある。

 身近に起きた事例を紹介しよう。

 私のもとに来た女子学生が「なんで農機具ってこんなにかわいくないんでしょう。特に軽トラ。なんで白くて四角いのばかりなのか?」とのたもうた。

 私は瞬間的に説教してやろうかと思った。農業はそんなに甘い仕事ではない、重労働で汚れ仕事も多くて、かわいいなんていう甘っちょろい考え方が通じる世界ではないんだ、云々、という言葉が次々に頭に思い浮かんだ。

 しかしどうしたわけか、その時はグッとこらえることができた。そして「どうしてそう思ったの?」と訊いてみた。すると彼女から次々アイデアが湧いてくるではないか。

女性の「どうせなら」という発想が、カラフルな軽トラを生み出した。(画像は学生が描いたイラスト、以下同)


「軽トラの荷台にカーペットを敷いて寝そべれるようになれば、彼氏と一緒に夜空の星を眺めたり、いい天気の日には座ってピクニックのようにお弁当を広げたり」と、軽トラのイメージを覆す、荷台を居住空間として捉え直すアイデアが出てきた。

素直なアイデアが、軽トラのイメージを大きく変える。


 この話から、私は「女性が革命を起こした分野」があったことを思い出した。ナイチンゲールが現われる前、看護婦(今は看護士という)は「どうせ汚れるから」と、患者の血や膿で汚れたままの服でいるので軽蔑されていた。

 ところがナイチンゲールは、汚れたら清潔な服に着替える、汚れたら部屋をきれいに拭くという、今の時代なら常識である衛生問題に気を遣うことで、二次感染で死ぬ患者を激減させた。この結果、衛生改善が医療では大切だということが常識となり、清潔感のある看護婦は女性の憧れの職業にもなった。

 トイレも女性が革命を起こした商品の1つ。ある女子大生が卒論で、観光地とトイレの問題を扱った。観光地を繰り返し訪れるリピート率は、女子トイレが充実しているか、清潔に保たれているかが重要なファクターだと看破した見事な卒論で、当時は新聞でも話題になった。

 その後、その女性がトイレメーカーに就職すると、目に見えて日本中のトイレが快適空間に生まれ変わっていき、今では「ここ、用を足していいんですか?」と思わせるようなきれいなトイレが増えていった。

 それまでトイレは「どうせ」汚れる場所だと思われていたのが、「どうせなら」快適に過ごせる空間にしよう、と考えた女性の発想が、世界に通用する日本のトイレ商品に生まれ変わらせたのだ。

 もう1つ、女性が革命を起こした仕事がある。死に化粧だ。霊安室に安置される遺体に化粧を施すのは、看護師の当番で行われていたのだと言う。しかし「どうせ」死んでいるのだからと用意されていたのは、折れた口紅、残りかすのファンデーションといった投げやりなものだった。

 ある女性の看護師が「これでは亡くなった方や、遺族の方もかわいそう」と一念発起し、死んだ人の肌にも合うような化粧品の研究を始めた。その成果はやがて現れ始め、かつて元気だった時の顔貌を取り戻したのを見た遺族が、涙を流して喜ぶようになった。やがてこの死に化粧は「エンゼルメイク」と呼ばれるようになり、全国の看護師が研修で学ぶ技術として確立するようになった。

 養生用のテープもそう。ペンキが余計な場所に付かないようにするためのマスキングテープを、女性が「プレゼントの紙袋を破かずにはがせる」という機能面に着目し、これに柄をつけてほしい、と念願したのがきっかけで「マステ」と呼ばれる商品が生まれた。今や雑貨店で無くてはならない一大商品に生まれ変わった。

「どうせなら」がイノベーションを生み出す

 これらの商品、サービスは「どうせ」を「どうせなら」と発想を切り替えることで全く新しいものに生まれ変わった好例だ。ならば、今、私たちが「どうせ」とみなしているものにこそ、イノベーションの芽はあると考えた方がよい。

 たとえば塩ビ管はどうしたわけか、グレーと黒しか色がない。「どうせ」地中に埋めたり奥に隠してしまうものだから、丈夫でさえあればよい、と考えられてきたためだろう。

 だがもし、鮮やかな赤や、漆調の黒、迷彩塗装の塩ビ管があったらどうなるだろう。室内インテリアの1つとして、むしろ「魅せる」形で配管を露出させるという演出が可能になるかもしれない。寺院の苔生した庭に調和する配管が可能になるかもしれない。

 塩ビ管にグレーと黒しかないのは、紫外線に強いとか、地中に埋めても分解しないなどの丈夫さが求められているからだというのは承知しているが、配管しなければならないのはそういった場所ばかりでもない。「どうせ」塩ビ管と思わずに、「どうせなら」見える形で目を楽しませる塩ビ管を開発してはどうだろう。耐久性については、それこそ技術開発の目標とすべきだろう。

 世の中には、「どうせ」とみなされることで打ち捨てられている商品は、まだまだあるだろう。それを「どうせなら」という視点で見直すことで、リノベーションしてはいかがだろうか。

(追伸)
「可愛い軽トラ」はその後、「農業女子プロジェクト」と銘打って、ダイハツからカラフルな軽トラが販売されるようになった。なんでも提案してみるものだと思う。

筆者:篠原 信