新横綱フィーバーが沸騰している。

 大相撲初場所で初優勝を飾り、19年ぶりに日本出身の新横綱となった稀勢の里(30歳・田子ノ浦部屋)。明治神宮の奉納土俵入りでは、史上2位の1万8000人を集め、3月12日に初日を迎える春場所の前売り券は、新横綱効果で発売開始からわずか2時間あまりで完売するなど、日本中の期待と注目度は過熱する一方だ。


国技館で行なわれた大相撲トーナメントで、土俵入りを披露した稀勢の里 ただ、そのド真ん中にいる主役は、周囲の熱気をよそに、これまでと同じように「土俵中心」の姿勢を変えていない。最高位を極めてなお「不動」を貫く稀勢の里の、激動の2週間を追った。

 1月25日、春場所の番付編成会議と臨時理事会を経て第72代横綱・稀勢の里が誕生した。過熱する新横綱フィーバーは、まず、晴れの昇進伝達式を変えた。通常は部屋で行なう伝達式だが、殺到する報道陣に備え、100人以上を収容できる帝国ホテルの宴会場に変更となったのだ。

 テレビカメラ13台、およそ150人の報道陣が押し寄せた伝達式。注目の口上は「横綱の名に恥じぬよう精進いたします」だった。大関昇進の時と同様にシンプルで飾らない言葉で最高位を務める決意を表し、「自分の今の気持ちをそのまま伝えました」と、これまでと変わらない相撲道を貫く気持ちを披露した。

 目標とする横綱像については「横綱は常に人に見られている。稽古場はもちろん、普段の生き方も見られている。そういう部分も人間的にも成長し、尊敬される横綱になっていきたい」と述べ、新たな門出にも浮かれることなく自らを戒めている。


 翌日の綱打ちでは、真新しい純白の綱を初めて締め、「憧れだった」と自ら選んだ雲竜型の土俵入りを稽古した。指導役は、同じ二所ノ関一門である元横綱・大乃国の芝田山親方。三つ揃えの化粧回しは、「土俵の鬼」とうたわれた初代・若乃花が使っていたものを借用した。

 初代・若乃花は、2011年11月に59歳で急逝した先代師匠(元横綱・隆の里)のさらに師匠にあたる。先代は、土俵の鬼の師匠を敬愛してやまなかった。初代・若乃花の、いわば「孫弟子」にあたる新横綱にとって、万感をこめた土俵入りの稽古となったに違いない。

 その稽古の成果を見せる場となった、1月27日の明治神宮奉納土俵入りで、稀勢の里フィーバーは沸点に達する。初めての土俵入りをひと目見ようと、徹夜組を含めた1万8000人が明治神宮に殺到した。1994年11月の貴乃花の土俵入りに集まった2万人には及ばなかったが、その時は土曜日開催。平日でその記録に迫ったことは、異常な人気といえる。

 期待と熱気を全身に浴びながら、太刀持ちに高安、露払いに松鳳山を従え、1分28秒の雲竜型を披露。列席した八角理事長(元横綱・北勝海)が「この世界に入ってよかった」と興奮を隠せなかったほどの、堂々たる土俵入りだった。一方、当の本人は初の土俵入りを終えた後、「つま先から頭の先まで集中してやりました」と落ち着いた口調で胸中を語った。

 通例では、横綱昇進に関する一連の行事はここで終わるのが、翌日の28日も新横綱は休まない。田子ノ浦部屋のある江戸川区の小岩小学校で行なわれた「優勝報告会」に出席すると、ここでも校庭に4500人のファンが押し寄せた。小学生からの質問コーナーで、「稽古で苦しい時、どんなことを考えていますか」との問いに、「必ず稽古した分、返ってくると信じている。必ず結果がついてくる」と、自らの相撲人生で学んだ経験を子どもたちに伝授した。

 関係者によると、江戸川区では昇進祝賀パレードを打診していたというが、本人が辞退。他にもイベントやCM出演など、水面下でオファーが届いたようだが、協会行事など必要なもの以外は固辞しているという。「すべては土俵中心という気持ちの表れでしょう」と関係者は新横綱の胸中を代弁する。

 そんな土俵中心の姿勢は2月1日の稽古再開にも表れた。休むことなく部屋の稽古場に下り、通常の倍以上となる約40人の報道陣が挙動に注目する。その中でも新横綱は、いつもの稽古再開日と変わらず、四股とすり足を中心に下半身の強化を入念に繰り返した。稽古再開日の2日前から、2時間の散歩も始めていたという。2月は巡業がないため、部屋でじっくり腰を落ち着けて稽古できる。「しっかり体を作っていきたい」と、新横綱として挑む春場所へ照準を合わせていた。

 3日は、毎年恒例となる成田山新勝寺で節分の豆まきに参加。前年より1万8000人多い6万8000人のファンの前で、白鵬と握手を交わすなど珍しくファンサービスに努めたものの、その2日後の大相撲トーナメントでは、頂点に立つ者の自覚を見せた。

 横綱の白鵬、鶴竜が早々に敗退するなか、稀勢の里は本場所と変わらない真っ向勝負で5番を戦い抜き、初優勝を飾った。番付に影響のない花相撲は、本場所と同じ気持ちで臨むことが難しいのだが、このトーナメントは41年の歴史がある重要な大会として協会も重視している。「こういうトーナメントは大事。優勝できて自信になる」と、看板力士として真摯な姿勢を貫いたことは、まさに「綱の自覚」だった。取組みの前には、国技館で初となる横綱土俵入りも披露し、「声が中央に集中する」とファンの大歓声に感激したようだ。


 奇しくもこの日は春場所の前売り券発売日で、先述のようにわずか2時間あまりで全15日間、すべての席種が完売した。若貴フィーバー以来の売れ行きに、大阪入りしてからは、稽古場はもちろん、周囲からの注目度はさらに増していくだろう。

 ただ、この異常な熱気の中でも常に足元を見つめ、不動の姿勢が変わることのなかった新横綱は、おそらくブレることはないだろう。稀勢の里を支えるのは、ある「夢」だ。かつて、稀勢の里は親しい知人にこんな想いを明かしていた。

「力士はあれだけ大きな体を持っているのに、土俵の上で俊敏に動ける。そういう部分に『なんでだろう』と子どもたちに思わせたい。その裏側には、常人では考えられないような激しい稽古と常に相手を敬う礼儀がある。相撲でしか味わえない素晴らしい部分を伝えていきたい」

 最高位を極めた今、その想いはより強くなっているに違いない。相撲少年を増やすことは、伝統文化としての大相撲を後世に残すことにつながる。3月の大阪で、稀勢の里の夢への挑戦が始まる。

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