ユ・ヨンソク「『浪漫ドクターキム・サブ』は2つ目のターニングポイントになった作品だ」

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「浪漫ドクターキム・サブ」を終えたユ・ヨンソクの顔は微笑みで満ち溢れていた。準備過程から大変だったはずの医学ドラマ。しかし、9年前の「総合病院2」の物足りなさを解消するかのように、作品の中でユ・ヨンソクは飛躍した。話が進むに連れて視聴率は上昇を続け、2016年のSBSを輝かせた。

ユ・ヨンソクは最近、ソウル江南(カンナム) 区論硯洞(ノンヒョンドン) のあるカフェでドラマ「浪漫ドクターキム・サブ」の放送終了記念インタビューを行った。同インタビューでユ・ヨンソクは「この作品は、多くの反響を受けた。『意味のある作品になれるだろう』とは確信していたが、ここまでの声援があるとは予想もしていなかった」と伝え、笑顔を見せた。

「浪漫ドクターキム・サブ」への視聴者の熱い反響についてユ・ヨンソクは「チームワークが良かったからだと思う」と成功の要因を挙げた。ユ・ヨンソクは「俳優たちの演技も良かったし、脚本家がドラマを通じて大衆に伝えようとしたメッセージも明確だった。そのメッセージに大衆が共感し、反響を招いたんだと思う。そういった様々な要因が相乗効果を生み出した」と話した。

「浪漫ドクターキム・サブ」でユ・ヨンソクは情熱溢れる若い医師のカン・ドンジュ役を演じた。医師として成功することに野望を持っていたが、地方のみすぼらしいドルダム病院に送られ、変人の天才キム・サブ(ハン・ソッキュ) と出会って“浪漫ドクター”となった人物だ。医師の先輩であるユン・ソジョン(ソ・ヒョンジン) とのラブストーリーも演じた。

キム・サブ役のハン・ソッキュとの共演を振り返ったユ・ヨンソクは「この作品では、やはりキム・サブの貢献が最も大きかった。現場で素敵な言葉もたくさん頂いた。最も思い出に残っている言葉は、『カメラに向かって演技をするのは止めよう』という言葉と『行き過ぎないように演じるべき』という言葉だった」とし「カメラを意識する瞬間を無くそうという意味であり、『先輩は20ウォン分、僕は50ウォン分』のみ演じようという言葉があった。もちろん冗談だったが、それが何の意味なのかすぐ分かった」と話した。

「浪漫ドクターキム・サブ」シーズン2を求める視聴者の声についてユ・ヨンソクは「この作品の後半に、シーズン2の話がたくさん出た。視聴者も放送終了を残念がり、実際に制作陣も『シーズン2があったらいいな』という話をしていた。僕も『このチームなら、医学ドラマに限定しなくてももう一度何かやってみたい』と思ったりした」と明かした。

デビュー後、ユ・ヨンソクは忙しく演技活動を続けてきた。休むことなく作品を演じてきたと言っても過言ではない。大衆がユ・ヨンソクと言えば思い出す作品である「応答せよ1994」のチルボンを演じてからも忙しく動き回ったが、残念ながら成績は良かったとは言えなかった。

これについてユ・ヨンソクは「成績の面では物足りなさがあったが、僕は幼い頃から役者が夢で、本当に好きな仕事であると思いながら生きてきた。昨年頭にミュージカルを終え、初めて4〜5ヶ月間休む暇ができた。その時ようやく『僕は本当に演技そのものが好きなのだろうか』と考えるようになった。自分に何度も問いかけた」とし「その時下した結論は、『僕は本当に演技そのものが好きだ』ということだった。これから成績が良い時も、悪い時もあり、たくさんの関心を受けることはできないかもしれない。しかし、一つだけ確実なのは、僕はこの仕事が本当に好きであり、仕事への意味を深く感じているということだ」と話し、笑顔を見せた。

「応答せよ1994」が自身にとってターニングポイントとなった作品であったというユ・ヨンソクは「今回の作品も、もう一つのターニングポイントになったと思う。『応答せよ1994』は、僕のことを知らなかった多くの方に僕の名を知らせることができるチャンスだった。『浪漫ドクターキム・サブ』は、僕にはこういう面もあり、こう演じることができる俳優だというのをお見せできる作品だったと思う」とし「『人は何のために生きるのか』に対するメッセージを与え、ドラマが与えるメッセージと質問を僕自身にもするようになった作品だった。作品の意味においても、新しい俳優、人間としても特別な意味を持つターニングポイントになったと思う」と伝えた。