ヴァンヂャケットの元副社長・石津祥介氏

写真拡大

 日本のサラリーマンの「働き方」に大きな変革の波が押し寄せている。政府はサラリーマンの残業時間に「月60時間」という上限を設ける案を明らかにした。かつての経済成長を支えた仕事人間に与えられた「モーレツ」の称号は今や「時代遅れ」なのか。日本経済を牽引してきた名物経営者の“思い”を聞いた。

 ヴァンヂャケットの元副社長・石津祥介氏(82)はどう考えるか。ヴァン(VAN)は1951年に父、謙介氏が創業。祥介氏が右腕として経営を支えた。

「うちは仕事と遊びが一緒くたの会社だったから、かつての社員は自分の意思で日曜日でも出社したし、遊び場にいる感覚で働いて、世間をあっと驚かせる商品を生み出してきた。誰も残業を何時間したかなんて気にしていなかった」

 アイビースタイルで60年代のファッション界を席巻したヴァンは、1978年には倒産も経験(のちに再建)。石津氏はその姿と現在の日本企業を重ねる。

「身内の恥を晒すようだけれど、ヴァンがおかしくなってきたのは会社が大きくなって出勤簿をつけるようになってから(笑い)。悲しいけど、このままでは今後、“ジャパン・アズ・ナンバーワン”の時代はもう二度と来ないよ」

 同様の懸念は、「痛くない注射針」など世界に轟く技術を誇る町工場・岡野工業の岡野雅行・代表社員(83)も口にした。「残業なんて自分のためにやる投資みたいなもんだ」と語気を強めた上で、こう続ける。

「『上司から強制された残業』と思うから仕事が面白くなくなる。自分でこれをやってみようという“野心”を持って挑んでみれば、時間なんて忘れちまうよ」

 オンリーワンの商品を世に放ってきた経営者たちは「残業60時間制限」によって、独創性の源泉たる“大切な何か”が失われると危惧しているようだった。一方、同じく独創的な技術を抱く企業でも社員の多い大企業となると、受け止め方はもう少し複雑だ。

 三菱ケミカルHDの小林喜光・取締役会長(70、経済同友会代表幹事)はこう回答を寄せた。

「官庁や地方自治体で働いている人は本当に昼夜を問わず働いている。まずは官から働き方について自ら範を示す形でメッセージを出すことも考えてはどうか」

 その上で、研究職出身の経営者ならではの微妙な心境を次のように続けた。

「自らも経験したことなのだが、研究職など創造的な部分が多くを占める仕事の場合は、土日も関係なく仕事に没頭することがある。すべての残業を否定して裁量労働的な部分がなくなると、グローバルでの競争力が問われる時代に、厳しいという思いもある」

※週刊ポスト2017年2月17日号